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金より欲しいもの

翌朝。


ARC本社の会議室には、昨日届いた一枚の提案書が置かれていた。


悠は全員が揃ったことを確認すると、その資料を中央へ滑らせた。


「昨日言ってた、ちょっと面白い話がこれだ。」


白石が資料を覗き込む。


「二十億円……。」


橘がすぐに訂正する。


「見るところはそこじゃありません。」


「だって二十億だよ?」


「私も最初はそこを見ました。」


「見たんじゃん。」


橘は咳払いした。


「重要なのは条件です。」


悠は笑いながら資料を開いた。


提案してきたのは、国内大手通信会社だった。


ARCへの出資額、二十億円。


だが、それだけではない。


全国の通信インフラを活用した回線提供。


データセンター利用に関する優遇。


将来的な大容量通信への対応。


法人顧客の紹介。


さらに、両社による新規サービスの共同検討。


西園寺が資料を読みながら呟く。


「なるほど。これは他と全然違いますね。」


悠は頷いた。


「俺もそう思った。」


佐伯が聞く。


「二十億円より?」


「ああ。」


悠は一つの項目を指差した。


**通信インフラに関する戦略的協力。**


「欲しいのはこっちだ。」



九条が資料を見る。


「回線?」


「ああ。」


「今のARCBOOKは五百万人を超えた。これから一千万人、二千万人になったら、今と同じやり方じゃ無理が出てくる。」


九条はすぐに頷いた。


「サーバーだけ増やしても駄目。」


「そういうこと。」


サーバーを増やせば処理能力は上がる。


だが、それだけでは足りない。


回線。


設置場所。


電力。


保守。


障害対応。


利用者が数百万人から数千万人へ増えれば、必要になるものすべての規模が変わる。


悠は続けた。


「今までは必要になったら設備を買って、回線を増やして、そのたびに九条と橘が喧嘩してた。」


橘が反応する。


「喧嘩してません。」


九条。


「してた。」


「あなたが毎回、突然高額な予算を持ってくるからです。」


「必要だった。」


「必要でも相談してください。」


白石が笑う。


「してるじゃん。」


「申請書を置くことを相談とは言いません。」


悠が手を叩いた。


「はい、そこまで。」


笑いが収まる。


悠はもう一度、提案書を見る。


「この会社と組めば、そこを一気に強くできる。」


西園寺が頷く。


「しかも、大手通信会社と資本関係があるというだけで信用力も上がります。」


「法人営業にも?」


「かなり効くと思います。特に大企業相手なら。」


佐伯も言う。


「採用にも影響するでしょうね。」


悠が見る。


「採用?」


「急成長している学生ベンチャーと、大手通信会社が出資している会社では、応募する側の安心感が違います。」


「なるほど。」


金だけではない。


インフラ。


信用。


営業。


採用。


一つの提携で、複数の問題を解決できる。


白石が笑った。


「じゃあ決まり?」


「いや。」


悠と高橋の声が重なった。


白石。


「息ぴったり。」


高橋は気にせず資料を開いた。


「問題があります。」


「やっぱり?」


「当然です。」


高橋が一つの項目を指差す。


「出資を受ける以上、株式を渡します。」


会議室が静かになる。


「提示されている条件では、二十億円の出資と引き換えに一定割合の株式取得を希望しています。」


悠が聞く。


「高い?」


「金額だけ見れば悪くありません。ただし、問題は今ではなく将来です。」


高橋は悠を見る。


「ARCの企業価値が十倍になれば、今渡した株式の価値も十倍になります。」


白石がようやく理解する。


「あ……。」


「今の二十億だけ見て決めるべきではありません。」


橘も頷いた。


「私も同意見です。」


悠は腕を組んだ。


ARCは今、金に困っていない。


月商は三億円を超え、黒字化した。


広告事業も成長している。


だからこそ、安易に株を渡す必要はない。


「じゃあ、どうする?」


西園寺が笑った。


「交渉でしょう。」


悠が見る。


「何を?」


「向こうはARCに出資したい。こちらは通信インフラが欲しい。」


西園寺は提案書を指差した。


「だったら、こちらの欲しい条件に変えてもらえばいい。」


悠は笑った。


「なるほど。」


西園寺も笑う。


「向こうだけが選ぶ立場じゃありません。」



一週間後。


都内。


大手通信会社本社。


長い会議テーブルを挟み、両社の人間が向かい合っていた。


相手側には事業担当役員、投資部門、法務、技術担当。


ARC側は悠、橘、高橋、西園寺。


担当役員が笑顔で口を開く。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。」


悠も頭を下げる。


「こちらこそありがとうございます。」


簡単な挨拶が終わり、すぐに本題へ入った。


担当役員が言う。


「先日お送りした二十億円の出資提案について、前向きにご検討いただけましたでしょうか。」


悠は答えた。


「魅力的な提案だと思っています。」


相手側の表情が少し明るくなる。


「ただ。」


空気が変わる。


「二十億円は、いりません。」


担当役員の表情が止まった。


「……と、おっしゃいますと?」


「正確には、金が一番欲しいわけじゃないんです。」


悠は資料を一枚出した。


「俺たちが欲しいのは、御社のインフラです。」


相手側の技術担当者が資料を見る。


悠は続ける。


「大容量回線。」


「データセンター。」


「障害時のバックアップ。」


「全国規模でサービスを拡大した時の通信基盤。」


「ARCだけで全部作ろうと思えば、金も時間もかかります。」


担当役員が少し笑う。


「そこで当社と。」


「はい。」


悠も笑った。


「金をもらうだけなら、他にも話は来ています。」


西園寺が横で何も言わずに聞いている。


「でも、御社と組めば金では買いにくい時間を買える。」


相手側の表情が変わった。


今までの学生企業を見る目ではない。


一人の経営者を見る目だった。


担当役員が聞く。


「では、御社からの希望条件を伺えますか?」


悠は隣を見る。


高橋が資料を前へ出した。


ここからが、本当の交渉だった。



二時間後。


会議室を出た悠たちは、エレベーターへ向かっていた。


橘が大きく息を吐く。


「疲れました。」


悠が笑う。


「俺も。」


高橋。


「社長。」


「何?」


「途中で勝手に条件を追加しないでください。」


「思いついたから。」


「交渉中に思いつかないでください。」


西園寺が笑う。


「でも、効いてましたよ。」


悠が振り返る。


「いけそう?」


西園寺は少し考える。


「かなり。」


「向こうもARCを逃したくない。」


橘が聞く。


「最終的に、どこまで取れそうですか?」


西園寺はエレベーターのボタンを押した。


「少なくとも。」


「最初の提案よりは、かなり良くなると思います。」


扉が開く。


四人が乗り込む。


悠は閉まっていく扉の向こうに、大手通信会社のロゴを見る。


高校生だった頃。


金が欲しかった。


大学一年。


人が欲しかった。


そして今。


金も。


人も。


少しずつ集まり始めている。


次に必要なのは。


時間だった。


悠は小さく笑った。


「金で時間を買う、か。」


西園寺が隣で答える。


「経営者らしくなってきましたね。」


「前は?」


橘が即答した。


「金を使う人です。」


「まだ言うのかよ。」


エレベーターの中に笑い声が響いた。


ご覧いただきありがとうございます!

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