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今度は向こうから

ARCが初めて全社単月黒字を達成してから、一か月。


会社の空気が少し変わった。


ネットショップ事業は安定して売上を伸ばし、HP制作事業にはARCBOOKの知名度をきっかけに法人案件が増えていた。そして、始まったばかりの広告事業も順調だった。


広告主は三十社を超え、その後も増え続けている。


何より大きかったのは、一度広告を出した企業の多くが継続を希望していることだった。


ARCBOOKは、もう金を使うだけの事業ではない。


自分で金を生み、その金で自分を成長させられる事業になった。



月次経営会議。


橘が資料を配る。


「今月も黒字です。」


白石が笑う。


「橘さん、今日は普通に言うんだ。」


「毎月感動していたら仕事になりません。」


悠も笑った。


「慣れるの早いな。」


「財務ですから。」


橘は次の資料を開いた。


「それより、社長。最近ちょっと面白いことが起きています。」


「何だ?」


橘は数枚の書類を机に並べた。


銀行。


証券会社。


ベンチャーキャピタル。


大手企業。


悠が眉を上げる。


「何これ。」


「全部、ARCへの問い合わせです。」


「仕事の?」


「違います。」


橘は一枚を悠の前へ置いた。


「お金の話です。」



最初に来たのは、取引銀行だった。


これまでARCは、自分たちが必要な資金を自分たちで稼ぎ、ほとんどを事業へ再投資してきた。


ところが、黒字化した途端に銀行側の態度が変わった。


応接室。


銀行の担当者が資料を広げる。


「御社の直近の業績を拝見しました。」


悠と橘が向かいに座っている。


「ネットショップ、Web制作、そしてARCBOOK。非常に高い成長率です。」


「ありがとうございます。」


担当者は笑顔で続けた。


「今後、設備投資や事業拡大で資金需要がございましたら、ぜひ当行へご相談いただきたいと考えております。」


橘が聞く。


「融資ということですか?」


「はい。」


提示された金額を見て、悠が少し驚いた。


以前なら簡単には借りられなかった金額だった。


悠が笑う。


「今は特に困ってないんですけど。」


銀行員も笑った。


「そういう会社だからこそ、お貸ししたいのです。」


悠は一瞬黙った。


「なるほど。」


金がない時は貸してくれない。


金があると、貸したいと言ってくる。


銀行とはそういうものらしい。



しかし、銀行だけではなかった。


数日後。


今度はベンチャーキャピタルから連絡が入った。


さらに別の投資会社。


さらに大手企業の投資部門。


一週間で、複数の話が舞い込んだ。


月次会議で、西園寺が資料を見ながら笑う。


「人気者ですね。」


悠。


「ARCがな。」


白石が一枚の資料を見る。


「これって、何十億円とか書いてあるけど。」


「出資の提案ですね。」


橘が答える。


白石が目を丸くする。


「そんなに?」


「ARCBOOKの成長率を考えれば、向こうは将来もっと価値が上がると思っているんでしょう。」


佐伯が聞く。


「受けるんですか?」


悠はすぐには答えなかった。


今のARCは、金に困っていない。


月商はすでに数億円を超え、黒字化も達成した。広告事業はまだ伸びている。


だが。


これから先も同じとは限らない。


サーバー。


人材。


新規事業。


設備。


全国展開。


事業が大きくなれば、必要な金の桁も変わってくる。


橘が悠を見る。


「社長はどう考えています?」


「借金なら、条件次第では使ってもいいと思う。」


「出資は?」


悠は少し考えた。


「慎重にしたい。」


西園寺が頷く。


「株を渡すことになりますからね。」


「ああ。金をもらう代わりに、会社の一部を渡す。」


悠は資料を見る。


「今の俺たちが、本当にそれをする必要があるのか。」


AIがすぐに答える。


『出資を受ければ、契約内容によっては経営への影響も出ます。金額だけで判断するべきではありません。』


(だよな。)


白石が腕を組む。


「じゃあ断る?」


悠は首を振った。


「それも違う。」


「え?」


「話は聞く。」


悠は投資会社から届いた資料を手に取った。


「金だけじゃない。」


「人脈、信用、企業とのつながり。外から金を入れることで得られるものもある。」


橘が少し笑った。


「ちゃんと経営者みたいになってきましたね。」


「今までは?」


「金を使う人です。」


「おい。」


会議室に笑いが起きた。



その後も問い合わせは続いた。


五億。


十億。


さらに大きな金額を示唆する企業もあった。


もちろん、すべてが好条件ではない。


株式を多く求める会社。


経営への関与を求める会社。


将来の提携を条件にする会社。


ARCBOOKの広告枠を優先的に確保したい企業まであった。


悠たちは、一つずつ資料を確認した。


金額だけなら魅力的な話はいくらでもある。


だが、ARCはもう金だけを見て会社を動かす段階ではなかった。



その日の夜。


悠は一人で投資提案書を眺めていた。


二年前。


高校生だった自分には、何もなかった。


金も。


会社も。


仲間も。


信用も。


それが今では、向こうから何十億円もの金を持ってくる人間がいる。


(相棒。)


『はい。』


(変な感じだな。)


『何がでしょうか。』


(昔は金を作る方法ばっかり考えてたのに。)


悠は机に並ぶ資料を見る。


(今は、金を受け取るかどうかを考えてる。)


AIは少し間を置いて答えた。


『それだけARCの価値が認められたということです。』


悠は笑った。


(そうだな。)


そして、一枚の提案書を手に取った。


条件。


金額。


相手企業。


何度か読み返す。


その中に、一つだけ。


他とは少し違う提案があった。


悠の表情が変わる。


(相棒。)


『はい。』


(これ、面白いな。)


金が欲しい会社から。


金を出したい会社へ。


ARCを取り巻く世界は、また一つ変わり始めていた。

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