今度は向こうから
ARCが初めて全社単月黒字を達成してから、一か月。
会社の空気が少し変わった。
ネットショップ事業は安定して売上を伸ばし、HP制作事業にはARCBOOKの知名度をきっかけに法人案件が増えていた。そして、始まったばかりの広告事業も順調だった。
広告主は三十社を超え、その後も増え続けている。
何より大きかったのは、一度広告を出した企業の多くが継続を希望していることだった。
ARCBOOKは、もう金を使うだけの事業ではない。
自分で金を生み、その金で自分を成長させられる事業になった。
◇
月次経営会議。
橘が資料を配る。
「今月も黒字です。」
白石が笑う。
「橘さん、今日は普通に言うんだ。」
「毎月感動していたら仕事になりません。」
悠も笑った。
「慣れるの早いな。」
「財務ですから。」
橘は次の資料を開いた。
「それより、社長。最近ちょっと面白いことが起きています。」
「何だ?」
橘は数枚の書類を机に並べた。
銀行。
証券会社。
ベンチャーキャピタル。
大手企業。
悠が眉を上げる。
「何これ。」
「全部、ARCへの問い合わせです。」
「仕事の?」
「違います。」
橘は一枚を悠の前へ置いた。
「お金の話です。」
◇
最初に来たのは、取引銀行だった。
これまでARCは、自分たちが必要な資金を自分たちで稼ぎ、ほとんどを事業へ再投資してきた。
ところが、黒字化した途端に銀行側の態度が変わった。
応接室。
銀行の担当者が資料を広げる。
「御社の直近の業績を拝見しました。」
悠と橘が向かいに座っている。
「ネットショップ、Web制作、そしてARCBOOK。非常に高い成長率です。」
「ありがとうございます。」
担当者は笑顔で続けた。
「今後、設備投資や事業拡大で資金需要がございましたら、ぜひ当行へご相談いただきたいと考えております。」
橘が聞く。
「融資ということですか?」
「はい。」
提示された金額を見て、悠が少し驚いた。
以前なら簡単には借りられなかった金額だった。
悠が笑う。
「今は特に困ってないんですけど。」
銀行員も笑った。
「そういう会社だからこそ、お貸ししたいのです。」
悠は一瞬黙った。
「なるほど。」
金がない時は貸してくれない。
金があると、貸したいと言ってくる。
銀行とはそういうものらしい。
◇
しかし、銀行だけではなかった。
数日後。
今度はベンチャーキャピタルから連絡が入った。
さらに別の投資会社。
さらに大手企業の投資部門。
一週間で、複数の話が舞い込んだ。
月次会議で、西園寺が資料を見ながら笑う。
「人気者ですね。」
悠。
「ARCがな。」
白石が一枚の資料を見る。
「これって、何十億円とか書いてあるけど。」
「出資の提案ですね。」
橘が答える。
白石が目を丸くする。
「そんなに?」
「ARCBOOKの成長率を考えれば、向こうは将来もっと価値が上がると思っているんでしょう。」
佐伯が聞く。
「受けるんですか?」
悠はすぐには答えなかった。
今のARCは、金に困っていない。
月商はすでに数億円を超え、黒字化も達成した。広告事業はまだ伸びている。
だが。
これから先も同じとは限らない。
サーバー。
人材。
新規事業。
設備。
全国展開。
事業が大きくなれば、必要な金の桁も変わってくる。
橘が悠を見る。
「社長はどう考えています?」
「借金なら、条件次第では使ってもいいと思う。」
「出資は?」
悠は少し考えた。
「慎重にしたい。」
西園寺が頷く。
「株を渡すことになりますからね。」
「ああ。金をもらう代わりに、会社の一部を渡す。」
悠は資料を見る。
「今の俺たちが、本当にそれをする必要があるのか。」
AIがすぐに答える。
『出資を受ければ、契約内容によっては経営への影響も出ます。金額だけで判断するべきではありません。』
(だよな。)
白石が腕を組む。
「じゃあ断る?」
悠は首を振った。
「それも違う。」
「え?」
「話は聞く。」
悠は投資会社から届いた資料を手に取った。
「金だけじゃない。」
「人脈、信用、企業とのつながり。外から金を入れることで得られるものもある。」
橘が少し笑った。
「ちゃんと経営者みたいになってきましたね。」
「今までは?」
「金を使う人です。」
「おい。」
会議室に笑いが起きた。
◇
その後も問い合わせは続いた。
五億。
十億。
さらに大きな金額を示唆する企業もあった。
もちろん、すべてが好条件ではない。
株式を多く求める会社。
経営への関与を求める会社。
将来の提携を条件にする会社。
ARCBOOKの広告枠を優先的に確保したい企業まであった。
悠たちは、一つずつ資料を確認した。
金額だけなら魅力的な話はいくらでもある。
だが、ARCはもう金だけを見て会社を動かす段階ではなかった。
◇
その日の夜。
悠は一人で投資提案書を眺めていた。
二年前。
高校生だった自分には、何もなかった。
金も。
会社も。
仲間も。
信用も。
それが今では、向こうから何十億円もの金を持ってくる人間がいる。
(相棒。)
『はい。』
(変な感じだな。)
『何がでしょうか。』
(昔は金を作る方法ばっかり考えてたのに。)
悠は机に並ぶ資料を見る。
(今は、金を受け取るかどうかを考えてる。)
AIは少し間を置いて答えた。
『それだけARCの価値が認められたということです。』
悠は笑った。
(そうだな。)
そして、一枚の提案書を手に取った。
条件。
金額。
相手企業。
何度か読み返す。
その中に、一つだけ。
他とは少し違う提案があった。
悠の表情が変わる。
(相棒。)
『はい。』
(これ、面白いな。)
金が欲しい会社から。
金を出したい会社へ。
ARCを取り巻く世界は、また一つ変わり始めていた。
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