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売る必要がない

翌朝。


西園寺は一人で大手飲料メーカーを訪れていた。


受付で名前を告げる。


「ARCの西園寺と申します。」


受付の女性がすぐに立ち上がった。


「お待ちしておりました。」


西園寺は少しだけ笑う。


以前とは違う。


ARCを立ち上げたばかりの頃は、アポイントを取るだけでも苦労した。


何度電話しても断られた。


資料すら見てもらえないこともあった。


だが今は。


会議室へ通されると、広告部長を含む五人が待っていた。


「西園寺さん、お待ちしていました。」


「本日はありがとうございます。」


名刺交換を終える。


西園寺は資料を机へ置いた。


「早速ですが、ARCBOOKで新しい広告事業を始めます。」


広告部長が身を乗り出す。


「詳しく聞かせてください。」


西園寺は一枚目を開く。


ARCBOOKの利用者数。


一日あたりの訪問回数。


平均滞在時間。


主要な利用者層。


数字が並んでいる。


担当者たちの表情が変わる。


「これだけの人が毎日?」


「はい。」


「しかも、一日に何度も戻ってきます。」


西園寺は次のページを開く。


「今回ご提案するのは、単純なバナー広告ではありません。」


「と言いますと?」


「広告を見せる相手を絞ります。」


広告部長が眉を上げる。


「絞る?」


「例えば御社が新しいスポーツ飲料を発売するとします。」


「はい。」


「ARCBOOKには、スポーツや部活動に関心を持つ利用者がいます。」


「その人たちを中心に広告を表示します。」


会議室が静かになる。


一人の担当者が聞く。


「つまり、興味を持つ可能性が高い人に広告を出せる?」


「その通りです。」


「テレビとは違う……。」


西園寺は笑う。


「テレビ広告は強力です。」


「ただ、スポーツにまったく興味がない人にも同じCMが流れます。」


「ARCBOOKなら、必要としている可能性が高い人へ届けられる。」


広告部長が資料を見る。


「料金は?」


西園寺は料金表を差し出した。


数秒。


広告部長が顔を上げる。


「テストできますか?」


「もちろんです。」


「では、やりましょう。」


西園寺が少し驚く。


「もう決めるんですか?」


広告部長が笑った。


「むしろ、こちらが聞きたい。」


「この広告枠。」


「他社にも売るんですよね?」


「当然です。」


「なら、先に押さえたい。」


西園寺は笑った。


「ありがとうございます。」


一社目。


契約。



二社目。


大手旅行会社。


「旅行に関心がある利用者へ?」


「はい。」


「海外旅行と国内旅行も分けられますか?」


「将来的には、より細かく対応します。」


「面白い。」


契約。



三社目。


ゲーム会社。


担当者が資料を見る。


「ゲーム好きだけに出せる?」


「はい。」


「年齢層も?」


「可能な範囲で対応します。」


「やります。」


契約。



四社目。


化粧品会社。


五社目。


自動車会社。


六社目。


映画配給会社。


西園寺の営業は止まらなかった。


断られることもあった。


慎重に検討したいと言われる企業もあった。


それでも。


以前とはまるで違った。


ARCBOOKという名前を出せば、話を聞いてもらえる。


数字を見せれば、相手が質問してくる。


そして何より。


企業側が恐れていた。


他社に先を越されることを。



一週間後。


ARC本社。


橘が資料を見ていた。


「……西園寺さん。」


「はい。」


「目標。」


「十社でしたよね?」


「そうですね。」


「今、何社ですか?」


「十四社。」


橘が顔を上げる。


「一週間ですよ?」


「はい。」


悠が笑う。


「早かったな。」


西園寺は肩をすくめる。


「正直。」


「今回は俺がすごいわけじゃないです。」


白石。


「珍しく謙虚。」


「失礼ですね。」


西園寺はARCBOOKの資料を持ち上げる。


「これを見せれば、向こうから質問してきます。」


「利用者数。」


「訪問回数。」


「滞在時間。」


「興味関心。」


「企業が欲しいものが全部ある。」


橘が契約金額を確認する。


そして。


黙った。


悠。


「どうした?」


橘は答えない。


電卓を叩く。


もう一度叩く。


白石が覗き込む。


「何してるの?」


「確認してます。」


「何を?」


「本当にこの数字で合っているのか。」


悠が笑う。


「合ってるだろ。」


橘はゆっくり顔を上げる。


「社長。」


「何だ?」


「広告って。」


「こんなに儲かるんですか?」


西園寺が笑った。


「まだテストですよ。」


橘が固まる。


「……これで?」


「はい。」


「まだ?」


「はい。」


橘は椅子にもたれた。


「今までの苦労は何だったんだ……。」


白石が笑う。


「だから、先に人を集めたんでしょ?」


橘。


「分かってます。」


「分かってますけど。」


「もっと早くこの景色が見たかった。」



その日の午後。


一本の電話が入った。


「株式会社ARCでしょうか。」


「はい。」


「広告についてお伺いしたいのですが。」


続いて。


もう一本。


さらに。


もう一本。


飲料。


旅行。


ゲーム。


家電。


映画。


通信。


企業からの問い合わせが増えていく。


営業部の電話が鳴り止まない。


西園寺はその光景を見ながら、悠のところへ来た。


「社長。」


「ん?」


「ちょっと問題です。」


悠が顔を上げる。


「何だ?」


西園寺は笑っていた。


「営業が追いつきません。」


悠も笑う。


「佐伯。」


佐伯がすぐに答える。


「採用ですね。」


「ああ。」


「広告営業を増やそう。」


橘が横から口を挟む。


「今回は反対しません。」


白石。


「珍しい。」


「売上を作る人員ですから。」


悠は笑った。


ARCBOOKを作った。


人を集めた。


人と人をつないだ。


そして今。


その人の流れに。


企業が集まり始めた。


ARCBOOKは初めて。


自分自身の力で。


大きな金を生み始めていた。

ご覧いただきありがとうございます!

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