稼ぐぞ
翌朝。
ARC本社。
会議室。
悠はホワイトボードの前に立っていた。
白石、九条、西園寺、橘、佐伯、高橋。
全員が揃っている。
悠は大きく書いた。
**収益化**
橘が止まった。
「……今、何て?」
悠は振り返る。
「収益化。」
「もう一回。」
「収益化。」
橘はゆっくり椅子から立ち上がった。
そして、悠の両肩を掴んだ。
「社長。」
「な、何だよ。」
「本当に?」
「本当だよ。」
「無料をやめる?」
「いや、ARCBOOKは無料のまま。」
橘の手が止まる。
「……座ります。」
「早いな。」
「一瞬だけ夢を見ました。」
白石が吹き出した。
西園寺も笑う。
「橘さん、相当苦労してましたからね。」
「誰のせいだと思ってるんですか。」
全員の視線が悠へ集まる。
「俺?」
「あなたです。」
悠は咳払いする。
「まあ、それは置いといて。」
「置かないでください。」
「話を進めるぞ。」
橘はため息をつきながら座った。
◇
悠はホワイトボードを見る。
「ARCBOOKは無料のまま維持する。」
西園寺が手を上げる。
「じゃあ広告ですか?」
「そうだ。」
白石が少し嫌そうな顔をする。
「画面中に広告が出るの?」
「それはやらない。」
「よかった。」
悠は一本の線を引く。
**利用者**
その隣に。
**広告主**
「今まで俺たちは、利用者だけを見てきた。」
「これからは広告主にもARCBOOKを使ってもらう。」
西園寺が身を乗り出す。
「企業から広告費をもらう。」
「ああ。」
「テレビ、新聞、雑誌。」
「企業は昔から広告に莫大な金を使ってる。」
「でも、それには大きな問題がある。」
佐伯が聞く。
「問題?」
悠は白石を見る。
「白石がテレビで釣り竿のCMを見たら買うか?」
「買わない。」
「車は?」
「今はいらない。」
「化粧品。」
「それは見る。」
悠は頷く。
「これだ。」
白石。
「何が?」
「同じ広告でも、人によって価値が違う。」
西園寺が気付く。
「なるほど。」
悠はホワイトボードへ書く。
**必要な人に、必要な広告。**
「ARCBOOKには、利用者が自分から情報を出してる。」
「好きな映画。」
「音楽。」
「旅行。」
「ゲーム。」
「料理。」
「スポーツ。」
「参加しているコミュニティ。」
「書いている記事。」
高橋がすぐに反応する。
「個人情報の扱いは慎重にする必要があります。」
「ああ。」
悠は頷く。
「個人を特定して売るようなことは絶対にしない。」
「利用者の情報そのものを企業へ渡すこともしない。」
高橋。
「それなら設計次第です。」
悠は続ける。
「広告主が指定する。」
「旅行に興味がある人。」
「ゲームが好きな人。」
「映画をよく見る人。」
「ARCBOOK側が条件に合う利用者へ広告を表示する。」
西園寺が腕を組む。
「テレビみたいに一千万人へ同じ広告を見せるんじゃない。」
「ああ。」
「欲しい可能性が高い人へ見せる。」
西園寺が笑った。
「それ、企業は欲しがりますよ。」
「だろうな。」
◇
橘だけが黙っていた。
悠が気付く。
「どうした?」
橘は電卓を叩いていた。
「利用者数。」
「訪問回数。」
「ページ表示数。」
数字を入力する。
しばらくして。
手が止まった。
「……社長。」
「何だ?」
「これ。」
橘が顔を上げる。
「かなり稼げません?」
悠は笑った。
「だから今まで待ったんだ。」
橘。
「最初から広告入れればよかったじゃないですか。」
「それじゃ駄目だった。」
「どうしてです?」
「人がいないから。」
悠はホワイトボードを見る。
「利用者が少ないサイトに広告を出したい企業は少ない。」
「でも今は違う。」
何百万人もの利用者。
一日に何度も訪れる。
記事を書く。
友達と話す。
コミュニティへ参加する。
ARCBOOKには巨大な人の流れが生まれている。
悠は言った。
「人を集めてから、稼ぐ。」
「順番が逆になると、サービスが育たない。」
橘は少し考える。
そして、これまでの投資額を思い出したのか深くため息をついた。
「長かった……。」
白石。
「まだ始まって一年も経ってないよ?」
「私には十年くらいに感じます。」
また笑いが起きた。
◇
西園寺が聞く。
「いつ始めます?」
悠。
「まだ。」
橘が勢いよく立ち上がる。
「社長!」
「落ち着け。」
「もう十分待ちました!」
「広告主がいない。」
橘が止まる。
「……あ。」
西園寺が笑う。
「そこは俺の仕事ですね。」
悠は頷く。
「最初から広告主が勝手に来るとは思わない。」
「こちらから取りに行く。」
西園寺の顔が変わった。
営業の顔だった。
「目標は?」
「大手企業。」
「業種は?」
「全部。」
西園寺が笑う。
「いいですね。」
悠はホワイトボードへ最後の一行を書く。
**ARCBOOK広告事業**
「利用者からは、一円も取らない。」
「企業から稼ぐ。」
「そして、その金でもっとARCBOOKを良くする。」
橘が大きく頷く。
「賛成です。」
白石。
「今日一番元気だね。」
「当たり前です。」
悠は笑った。
そして、西園寺を見る。
「頼めるか?」
西園寺は立ち上がった。
「何社取ってくればいいです?」
悠は少し考える。
「まず十社。」
西園寺は即答した。
「分かりました。」
「いつまで?」
「一か月。」
西園寺が笑う。
「二週間ください。」
悠が眉を上げる。
「できるのか?」
西園寺は資料を手に取った。
「今のARCBOOKなら。」
「売るんじゃない。」
「企業の方が欲しがります。」
そう言って。
西園寺は会議室を出ていった。
橘がその背中を見送る。
そして、小さく呟いた。
「……やっと。」
白石。
「何?」
橘は笑った。
「お金が入ってくる。」
全員が笑った。
ARCBOOK。
利用者を集める段階は終わった。
次は。
その巨大な人の流れを。
新しい事業へ変える。
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