敗北
翌日。
競合会社。
会議室には重い空気が流れていた。
主要投資会社。
取引銀行。
そして経営陣。
全員の前に、同じ資料が置かれている。
市場シェア。
新規登録者数。
継続率。
広告費。
一人の利用者を獲得するために必要な費用。
数字は残酷だった。
投資会社の担当者が口を開く。
「結論から申し上げます。」
社長は黙って聞く。
「これ以上の追加出資はできません。」
会議室が静まり返る。
社長はすぐに答えた。
「もう少し時間をください。」
「どれくらいですか?」
「三か月。」
投資会社の担当者は首を振った。
「その三か月で、いくら必要ですか?」
社長は答えない。
財務担当が代わりに数字を伝える。
「現在の広告規模を維持するだけでも、相当な資金が必要です。」
「さらに市場を取り戻すなら?」
「……その倍近く。」
投資家は資料を見る。
「それを投じて、利用者は定着しますか?」
沈黙。
「新規登録者は増やせます。」
社長が答える。
「質問はそこではありません。」
投資家は一枚の資料を前へ出した。
広告経由の新規登録者。
大幅増加。
その下。
一か月後の継続率。
急落。
「人を連れてくることはできています。」
「ですが、残っていない。」
次の資料。
ARCBOOK。
広告依存度。
低下。
紹介流入。
増加。
継続率。
高水準。
「一方でARCBOOKは、広告費をむしろ減らしています。」
「それでも利用者が増えている。」
「この差をどう埋めるのですか?」
誰も答えられなかった。
◇
取引銀行の担当者も口を開く。
「当行としても、追加融資は難しいと判断しています。」
社長が顔を上げる。
「担保なら。」
「そういう問題ではありません。」
銀行員は静かに首を振る。
「事業計画そのものを見直していただく必要があります。」
別の投資会社も続く。
「当社も同じ判断です。」
「追加出資は見送ります。」
一社。
また一社。
資金の蛇口が閉じていく。
社長は拳を握った。
「あと少しなんです。」
誰も答えない。
「交流機能は作った。」
「広告も増やした。」
「知名度だって負けていない。」
「コミュニティだって作れる。」
投資会社の担当者が静かに聞く。
「その次は?」
社長の言葉が止まった。
「ARCBOOKが次の機能を出したら、どうしますか?」
「また作るのですか?」
沈黙。
「そして、その間にまた次を出されたら?」
社長は何も言えなかった。
初めて。
その問いから。
逃げられなかった。
◇
会議終了後。
役員たちは残っていた。
誰も喋らない。
大型モニターには、二つのサービスの推移が映っている。
数か月前。
ほとんど並んでいた。
一度は。
新規登録者数でARCBOOKを超えた。
あの時。
本当に。
追いついたと思った。
社長が小さく呟く。
「どこで間違えた。」
分析担当が答える。
「最初からではないでしょうか。」
社長が顔を上げる。
「どういう意味だ。」
「我々は、ARCBOOKを見ていました。」
「ARCBOOKが何を作ったか。」
「どんな機能を追加したか。」
「どんな広告を出したか。」
「それを分析して、もっと良いものを作ろうとした。」
「それの何が悪い。」
「悪くありません。」
分析担当は首を振る。
「だから、ここまで来られました。」
社長は黙る。
「ですが。」
「我々がARCBOOKを見ている間。」
「ARCは、利用者を見ていた。」
会議室が静かになる。
社長の視線が、資料へ落ちる。
友達。
メッセージ。
更新一覧。
コミュニティ。
一つ一つは。
作れる。
実際。
作った。
それでも。
追いつかなかった。
「……そうか。」
社長はようやく理解した。
「俺たちは。」
「ARCBOOKに追いつこうとしていた。」
分析担当は何も言わない。
「だから。」
「追いついた時には。」
「もう遅かった。」
社長は椅子へ深く座る。
長い沈黙。
そして。
小さく笑った。
「負けたな。」
誰も否定しなかった。
「完敗だ。」
◇
その日の夜。
ARC本社。
西園寺が一枚の資料を持ってきた。
「社長。」
悠が顔を上げる。
「競合が、大規模広告の縮小を決めたようです。」
「そうか。」
「追加投資も止まったみたいです。」
悠は少し黙った。
白石が聞く。
「勝った……の?」
悠は首を振る。
「まだ会社がなくなったわけじゃない。」
「でも。」
西園寺が市場データを見る。
差は。
もう。
明らかだった。
悠も画面を見る。
「ブログ市場での勝負は。」
「終わったかもしれないな。」
(相棒。)
『はい。』
『ARCBOOKの優位性は、極めて高い水準まで拡大しました。』
悠は椅子にもたれる。
長かった。
失敗しないブログ。
そう言って始めた。
何度も。
金を使った。
何度も。
設備を増やした。
無料を貫いた。
競合も現れた。
一度は。
追いつかれた。
それでも。
走り続けた。
白石が笑う。
「じゃあ。」
「ようやく安心できる?」
悠は少し考える。
「いや。」
白石。
「え?」
「むしろ。」
「ここからだ。」
全員が悠を見る。
悠はARCBOOKの数字を見つめた。
何百万人もの利用者。
毎日交わされるメッセージ。
無数の記事。
無数のつながり。
そして。
次々と生まれるコミュニティ。
もう。
ただのブログではない。
悠はAIへ問いかけた。
(相棒。)
(そろそろいいよな。)
少し間があった。
そして。
AIが答えた。
『はい。』
『条件は整いました。』
悠は笑った。
これまで。
ARCBOOKは。
利用者を増やすために。
金を使い続けてきた。
次は。
その巨大な利用者基盤を。
事業へ変える。
悠は皆を見る。
「次は。」
「稼ぐぞ。」
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