戻らない人々
競合会社が広告予算を倍増させてから、一週間。
テレビ。
雑誌。
駅。
インターネット広告。
人気芸能人を使った大型キャンペーン。
あらゆる場所で競合サービスの名前が目につくようになった。
その効果はすぐに現れた。
「新規登録、前週比六八%増です!」
会議室に拍手が起こる。
「よし!」
「やっぱり広告だ。」
「交流機能もある。これなら戦える。」
社長も久しぶりに笑った。
「このまま押せ。」
「はい!」
追い風が吹いた。
ように見えた。
◇
二週間後。
会議室の空気は変わっていた。
「……もう一度言ってくれ。」
社長の声が低くなる。
担当者が資料を見る。
「新規登録者数は増えています。」
「それは分かってる。」
「問題は?」
担当者が言いにくそうに答える。
「定着しません。」
沈黙。
「登録した利用者の多くが、一度か二度利用したあと戻ってきていません。」
役員が眉をひそめる。
「交流機能はあるだろ。」
「あります。」
「メッセージも?」
「あります。」
「友達機能も?」
「あります。」
「だったら、なぜだ。」
誰も答えられなかった。
社長は机を指で叩く。
「調べろ。」
「数字じゃない。」
「利用者に直接聞け。」
◇
数日後。
市場調査の結果が届いた。
『両方登録したけど、結局ARCBOOKしか見てない。』
『友達がARCBOOKにいるから。』
『こっちは登録しても知り合いが少ない。』
『ARCBOOKには学校のみんながいる。』
『好きなバンドのコミュニティがARCBOOKにある。』
『前の日記も全部ARCBOOKに残ってる。』
『わざわざ移る理由がない。』
『同じ機能なら、みんながいる方を使う。』
会議室は静まり返っていた。
社長は何度も資料を読み返す。
「……同じ機能なのに。」
分析担当が静かに答える。
「同じではありません。」
社長が顔を上げる。
「何が違う。」
「中にいる人です。」
誰も声を出さなかった。
分析担当は続ける。
「我々は機能を再現しました。」
「ですが、ARCBOOKの中ですでに作られた人間関係までは再現できません。」
一人の役員が呟く。
「友達は……連れてこられない。」
「はい。」
「しかも今はコミュニティがあります。」
「知り合いだけではなく、ARCBOOKの中で新しい人間関係まで生まれ始めています。」
社長は椅子へ深く座った。
ようやく。
意味が分かり始めた。
一か月かけて交流機能を作った。
広告費を倍にした。
芸能人も増やした。
新規登録者も増えた。
それでも。
人は戻ってしまう。
ARCBOOKへ。
◇
その頃。
ARC本社。
西園寺が最新の数字を見る。
「社長、向こうの広告すごいですね。」
悠。
「ああ。」
「新規登録もかなり取られてます。」
「そうだな。」
西園寺が悠を見る。
「気にならないんですか?」
「ならない。」
「なんでです?」
悠は競合の数字を見る。
「登録した人数だけ見ても意味がない。」
「見るなら、その後だ。」
西園寺が資料をめくる。
そして笑った。
「なるほど。」
競合。
新規登録者。
急増。
一か月後の継続利用者。
急減。
ARCBOOK。
新規登録。
増加。
継続率。
高水準。
訪問回数。
さらに増加。
コミュニティ参加者。
急増。
西園寺。
「戻ってきてますね。」
悠。
「ああ。」
「人がいる場所にな。」
◇
競合会社。
緊急役員会議。
社長は市場調査の資料を机へ置いた。
「広告をさらに増やす。」
財務担当が顔を上げる。
「さらにですか?」
「ああ。」
「キャンペーンも追加する。」
「ですが、費用対効果がかなり悪化しています。」
「ここで止めたら終わる。」
社長は強く言った。
「ARCBOOKに定着する前に、引き戻す。」
財務担当は黙る。
社長は続ける。
「まだだ。」
「まだ負けていない。」
役員たちは頷いた。
だが。
以前のような勢いはなかった。
その日の夕方。
一本の電話が入った。
社長室。
「はい。」
『お世話になっております。』
聞き慣れた声だった。
主要投資会社の担当者。
『少し、お話ししたいことがあります。』
社長の表情が止まった。
「……何でしょう。」
『今後の追加投資についてです。』
社長はゆっくり椅子へ座った。
窓の外では。
巨大な広告看板が。
まだ自社サービスを宣伝していた。




