第95話 流れの逆転
毎日20時投稿
広間に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
石壁に囲まれた空間は、前回よりも広い。だが逃げ場があるわけではない。
むしろ、壁を操るこの敵にとっては最も戦いやすい場所だった。
低い振動が響く。
石が擦れる音。
奥の影から、ボス個体が姿を現した。
細身の亜人型。長い腕を掲げ、魔力を収束させている。
先ほど遭遇した個体に似ている――だが、明らかに違う。
魔力の密度が濃い。
壁の動きが速い。
「……さっきのより強いですね」
ノアが言う。
「うん」
カナが短く答えた。
エンは何も言わない。ただ、球を浮かせたまま視線を外さない。
ここで退くつもりはなかった。
小球が三つ、空中を巡る。
次の瞬間、床から巨大な石壁がせり上がった。
視界が遮られる。
通路が消える。
今までなら、ここで流れが切れた。
だが――。
球は止まらない。
壁の上を越え、横を抜け、空中を滑る。
敵の位置を失わない。
「いけます」
エンの声は落ち着いていた。
モンスターが腕を振る。
壁が連続して生成される。
広間が狭まる。
小球だけでは押し切れない。
逃げ場を削る前に、戦場そのものを変えられる。
「エン!」
「分かってます!」
決断は早かった。
大球が浮かび上がる。
空気が重くなる。
小球とは違う圧力が、空間に生まれた。
大球が前へ進む。
生成された壁の上を越え、敵の退路側へ回り込む。
逃げ道を塞ぐ。
小球がその周囲を巡る。
空中から、包み込むように。
モンスターの動きが止まった。
初めて、逃げ場を失う。
だが敵も止まらない。
魔力が一気に膨れ上がる。
広間全体に壁が立ち上がった。
視界が完全に断たれる。
「……っ」
エンの呼吸が乱れる。
球の位置が見えない。
だが、感覚は途切れていない。
流れは続いている。
「右!」
カナの声。
エンが即座に小球の位置を変える。
壁の向こう側で、敵が動く気配。
逃がさない。
大球を押し込む。
空中から圧力をかける。
壁が一枚、崩れる。
視界が開けた瞬間だった。
「今です」
エンが叫ぶ。
ノアが踏み込む。
迷いはない。
流れが完成している。
敵は動けない。
短槍が一直線に伸びる。
空気を裂く音。
次の瞬間、鈍い衝撃が広間に響いた。
モンスターの体が大きく揺れる。
魔力が乱れ、生成されていた壁が崩れ落ちていく。
膝をつき、ゆっくりと倒れた。
エンはその場で大球を下ろした。
膝に力が入らない。
「……勝ちましたね」
ノアが静かに言う。
「うん」
カナが息を吐いた。
「ちゃんと、勝った」
エンは崩れた石壁を見渡す。
以前の自分なら、ここで何もできなかった。
流れを奪われ、逃げるしかなかった。
だが今は違う。
球は止まらなかった。
流れが途切れなかった。
それだけで、結果が変わった。
小球が静かに地面へ降りる。
戦いは終わった。
リベンジは、完全に成功だった。
エンは小さく息を吐く。
達成感というより、確信に近い感覚だった。
――もう、同じ負け方はしない。
流れは、確かに自分たちのものになっていた。
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