第86話 D級ダンジョン
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D級ダンジョンの入口は、E級のそれとは空気が違っていた。
人の出入りはある。だが数は少ない。
談笑する声もなく、装備の確認をする音だけが静かに響いている。
「……やっぱり、ちょっと違いますね」
エンが小さく言う。
「当たり前」
カナは肩を回しながら答えた。
「D級はからは死亡事故も増えるからね。無理する人は減る」
ノアは何も言わず、入口の奥を見ていた。
緊張している様子はない。ただ、周囲の動きを観察している。
今回のダンジョンは遺跡型だった。
石造りの通路。ところどころ崩れた壁。視界は悪くないが、通路の分岐が多い。
「無理しません」
エンが言う。
「まずは様子見で」
「了解」
「はい」
二人の返事は短い。
最初の敵は、これまでと大きくは変わらなかった。
獣型モンスターが一体。
エンは小球を展開し、いつものように進路を制限する。
問題なく流れができる。
ノアの一撃で戦闘終了。
ここまでは、E級と変わらない。
違和感が出たのは、その次だった。
通路の奥で、低い音が響く。
石が擦れるような音。
「……止まって」
カナが小さく言う。
次の瞬間。
横の壁が、ゆっくりとせり上がった。
「え?」
エンが思わず声を漏らす。
通路が、変わった。
さっきまで繋がっていた道が、完全に塞がれている。
「魔法です」
ノアが即座に言った。
「地形操作系」
その直後、奥からモンスターが現れる。
細身の亜人型。手を掲げている。
魔法を使っているのは、あれだ。
エンはすぐに小球を動かした。
だが、思った位置に流れない。
壁が増えたことで、逃げ道の計算が狂う。
モンスターが横へ移動する。
小球が追いきれない。
「……違う」
エンが小さく呟く。
いつもの感覚がない。
流れが続かない。
カナが前に出て時間を稼ぐ。
ノアは踏み込めない。
撃てる位置が作れない。
モンスターは距離を取りながら、さらに壁を生成する。
通路が狭くなる。
視界が切れる。
「エン!」
「分かってます!」
大球を動かす。
だが、壁に阻まれて回り込めない。
流れが、途切れる。
ノアが一瞬だけ踏み込んだ。
だがすぐに止まる。
「無理です」
短い判断だった。
撃てば当たるかもしれない。
だが外せば終わる。
今はまだその位置ではない。
壁がさらに動く。
完全に通路が分断される寸前だった。
エンは歯を食いしばる。
今までなら、ここで終わっていた。
だが――。
「……撤退します!」
即座に判断した。
カナが頷き、ノアも迷わない。
距離を取り、来た道を戻る。
追撃はない。
だが、背後で石の動く音が長く響いていた。
ダンジョンの外に出た時、三人ともすぐには言葉を出さなかった。
失敗だった。
明確に。
エンはしばらく入口を見つめる。
「……流れが、作れませんでした」
自分でも分かっていた。
今までの戦い方が通じなかった。
カナが腕を組む。
「地形が変わるなら、転がすのはきついね」
ノアも頷く。
「動きが読めません」
エンは静かに小球を握った。
滑らかな表面。
完成された形。
だが、使い方が追いついていない。
ふと、ギルドマスターの言葉がよぎる。
――なぜ浮かせない?
その時は深く考えなかった。
だが今は違う。
転がるから、止まる。
地形に縛られる。
もし――。
エンは顔を上げた。
「……やっぱり、やり方を変えます」
二人がこちらを見る。
「だから少し、時間ください」
次の戦いに向けて。
流れを、もう一度作り直すために。
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