第85話 完成した一撃
毎日20時投稿
E級ダンジョンの奥は、いつもより静かだった。
足音と、球が床をかすめる小さな音だけが響く。
エンは小球を二つ前方へ出し、大球を少し後ろに置いた。通路の幅、壁の位置、逃げ場になる空間を確認する。
いつも通りだ。
だが今日は、少しだけ違った。
後ろにいる二人の動きが、もう分かっている。
「来ます」
カナが短く言った。
岩陰から現れたのは、装甲の厚い獣型モンスターだった。E級でも奥に出る個体。動きは速くないが、正面からでは削りにくい。
ノアが槍を構える。
まだ動かない。
エンは小球を転がした。
一つは正面へ。もう一つは右側へ回す。
獣が左へ逃げる。
そこへ大球を滑り込ませる。
進路が狭まる。
獣は一瞬だけ足を止めた。
フロウラインに加入する前なら、ここでノアは踏み込んでいた。
だが今回は違う。
動かない。
待っている。
エンはわずかに息を吐いた。
流れが続いている。
焦らなくていい。
カナが前に出て、軽く武器を合わせる。
押し込まない。
弾いて、横へ流す。
獣が反射的に動く。
その先に、小球がある。
踏み込みが鈍る。
さらに大球が進路を塞ぐ。
逃げ場がなくなる。
獣が、初めて迷った。
「……今です」
エンが言った瞬間だった。
ノアが踏み込む。
動きに迷いはない。
止めていた力を、一気に解放する。
短槍が一直線に伸びた。
鈍い衝突音。
装甲が砕ける。
獣の体がその場で完全に止まり、崩れ落ちた。
余計な動きは一切なかった。
一撃。
それだけだった。
ノアは槍を引き抜き、軽く息を吐いた。
「……当たりますね」
ぽつりと呟く。
驚きではなく、確認するような声だった。
「避けない」
「避けられない、ですね」
エンが答える。
言ってから、少しだけ照れくさくなる。
だがノアは否定しなかった。
その後も戦闘は続いた。
二体同時に現れた場面でも、流れは崩れない。
エンが位置を作り、カナが支え、ノアが終わらせる。
戦闘時間は短い。
だが、急いでいるわけではなかった。
自然に終わる。
そんな感覚だった。
三戦目。
やや大型の個体が現れた。
E級としてはかなり硬い。
カナが軽く盾で受け止めるが、すぐには崩れない。
エンは小球を回し、逃げ道を削る。
獣が強引に突破しようとする。
大球が進路を変える。
わずかなズレ。
その瞬間。
ノアが動いた。
踏み込み。
突き。
衝撃音が通路に響いた。
今度は槍先がわずかに歪んだ。
だが、敵はその場で崩れ落ちていた。
戦闘が終わり、ノアは槍を見下ろす。
「……これも終わりですね」
「後で替えよう」
カナが軽く言う。
それだけだった。
誰も驚かない。
それが普通になりつつあった。
帰り道。
ノアがぽつりと呟いた。
「今までと、違います」
エンが振り向く。
「なにがです?」
「撃つ場所を探さなくていい」
短槍を肩に担ぐ。
「待っていれば、来る」
少しだけ言葉を探してから続けた。
「……初めてです」
その声は、小さかった。
エンは何も言わなかった。
ただ少しだけ嬉しくなる。
自分のやっていることが、誰かの強さに繋がっている。
それが、はっきり分かったからだ。
ダンジョンの出口が見える。
夕方の光が差し込んでいた。
フロウラインの戦い方は、ようやく形になった。
流れを作り、繋ぎ、終わらせる。
その一撃は、もう迷わない。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
作者の別作です。
現代日本×ヒーローSF
「魂融合機兵ヴェスパー《HIVE-01》」
蜂型の機兵が侵略者と戦う物語です。
もしよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです。




