第82話 フロウライン
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D級への昇格手続きは、思っていたよりもあっさり終わった。
名前を書き、登録証を更新し、簡単な確認を受ける。それだけだ。
だが最後に、受付の職員が当然のように言った。
「パーティ名の登録をお願いします」
三人の動きが止まった。
「……パーティ名?」
エンが聞き返す。
「はい。D級以上はパーティ単位での依頼も増えますので」
職員は慣れた様子で説明する。
「今決めなくても構いませんが、登録時には必要になります」
エンはカナとノアを見る。
カナは腕を組み、少し考える顔をしている。ノアは特に興味がなさそうだった。
「……名前、ですか」
「私はどっちでも」
ノアはあっさり言った。
「呼びやすければいいです」
カナは苦笑する。
「急に言われてもね」
結局、その場では決まらなかった。
「後でも大丈夫ですよ」
職員の言葉に頷き、三人は受付を離れる。
「……どうします?」
ギルドを出たところで、エンが聞いた。
「とりあえず、先に潜ろう」
カナが言う。
「いきなりD級はやめとこう。まずは慣らし」
ノアも頷いた。
「賛成です。連携も分からないので」
意見は一致した。
最初の一戦は、E級ダンジョン。
危険は少なく、互いの動きを確認できる場所だ。
ダンジョン内部は見慣れた洞窟型だった。
石壁。緩やかな起伏。視界も悪くない。
これまで何度も潜った環境だ。
だが今日は、空気が少し違う。
後ろに、もう一人いる。
「先行きます」
エンが小球を展開する。
いつも通りの動き。
小球を転がし、通路の左右へ配置する。進路を限定し、敵の動きを狭める。
奥から現れたのは、装甲の厚い獣型モンスターだった。
E級でもやや強めの個体。
ちょうどいい相手だった。
獣が突進してくる。
エンは大球を前に出す。
直撃は狙わない。
進路をずらす。
獣は自然と左へ回避する。
そこに小球がある。
踏み込みが鈍る。
「……」
後ろで、ノアが動きを止めていた。
短槍を構え、じっと様子を見ている。
エンは一瞬だけ視線を送る。
まだ、撃たない。
流れは完成していない。
カナが前に出て、軽く打ち合う。
押さえ込まず、逃がす。
逃げる先は、もう決まっている。
獣が踏み出した瞬間。
「……今です」
エンの声。
ノアが踏み込んだ。
一歩。
二歩。
短槍が一直線に伸びる。
鈍い衝突音。
装甲ごと、獣の体が止まった。
次の瞬間、力が抜けて崩れ落ちる。
静寂。
戦闘は、あまりにもあっさり終わった。
ノアは槍を引き抜き、少しだけ眉を寄せる。
「……避けなかった」
ぽつりと呟く。
「いつもは、最後に動かれるんですけど」
「逃げ道、ないですからね」
エンが答える。
言ってから、少しだけ不安になる。
説明になっているか分からない。
だがノアは小さく息を吐いた。
「……なるほど」
完全に理解したわけではない。
だが、何かは感じ取ったようだった。
その後も何度か戦闘を繰り返した。
流れは同じだった。
エンが位置を作り、カナが支え、ノアが終わらせる。
戦闘時間は短い。
危なげもない。
だが、これまでとは違う安定感があった。
帰り道。
ダンジョンの出口が見えた頃、ノアがぽつりと言った。
「……やりやすいです」
短い言葉だった。
だが、それが初めての評価だった。
エンは少しだけ笑う。
「流れができると、だいたいこうなります」
「流れ、ね」
カナが繰り返す。
少し考えるように歩きながら、続けた。
「繋がってる感じはあるよね」
エンは頷く。
「……フロウ、みたいな」
口に出してから、少し照れくさくなる。
だがノアはあっさり言った。
「分かりやすいです」
カナも笑う。
「じゃあ、それでいいんじゃない?」
あまりにも自然だった。
誰も反対しない。
ギルドに戻り、受付で告げる。
「パーティ名の登録、お願いします」
「はい。お名前は?」
エンは一度だけ二人を見る。
カナが頷き、ノアも何も言わない。
「……フロウラインで」
職員が書類に書き込む。
「確認します。《フロウライン》ですね」
その文字が記録される。
それだけだった。
特別な瞬間でも、劇的な変化でもない。
だが確かに、三人は一つの名前を持った。
D級冒険者パーティ、《フロウライン》。
その最初の一歩が、静かに始まった。
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