第8話 転石の主
新連載です。
10話まで一挙に公開します。
毎日17:30投稿
転石の洞の奥は、浅層より静かだった。
魔物の気配が薄い。足音がやけに響く。
何度も通ったはずの洞窟なのに、空気が少し違って感じられる。
「……なんか、モンスターが少ないですね」
エンが小声で言う。
「うん」
カナも周囲を見渡している。
「奥に集まってるのかも」
それが何を意味するかは、二人とも分かっていた。
転石の洞の最深部。
G級ダンジョンの主がいる場所だ。
ここまで来たのは初めてではない。
だが、今日は引き返さなかった。
小球と大球、それぞれの使い方がようやく噛み合い始めたからだ。
「無理そうなら戻りましょう?」
「はい」
短く確認し合い、二人は先へ進む。
通路は少しずつ広くなり、やがて開けた空間に出た。
その中央で、地面が盛り上がる。
岩が割れた。
現れたのは、これまで見たどのロックモールよりも大きな個体だった。
体長は二倍以上。背中は岩の鎧のように硬く、前脚は地面を砕くほど太い。
「……でかい」
思わず声が漏れる。
岩殻モール。
転石の洞の主だ。
低い唸り声と共に、巨体がこちらを向く。
「来るよ」
カナの声。
次の瞬間、地面を抉りながら突進してきた。
速い。
今までの個体とは比べものにならない。
エンは反射的に小球を転がす。斜面を利用して横から当てる――が。
鈍い音。
弾かれた。
「硬い……!」
「正面は無理!」
カナが叫ぶ。
岩殻モールは止まらない。勢いのまま方向を変え、再び突進の体勢に入る。
逃げ場はある。G級だ。無理なら引けばいい。
だが。
(……倒せる)
なぜか、そう思った。
エンは大球を取り出す。
重い鉄球を、斜面の途中に置いた。
巨体が迫る。
ぶつかる瞬間、わずかに位置をずらす。
ガーンという轟音。
突進してきた岩殻モールの勢いが、大球で削がれた。
完全には止まらないが、体勢がわずかに崩れる。
「今!」
カナの声。
小球を転がす。
足元へ。
だが巨体は耐え、すぐに立て直した。
「……足りない」
単発では崩れない。
エンは息を整える。
今までと同じだ。無理に倒そうとしない。
動かす。
もう一度、大球を置きなおす。
通路の中央。斜面の下。
岩殻モールが突進してくる。
避ける。
大球にぶつかる。
わずかに止まる。
その間に、小球を反対側へ回す。
巨体が方向転換する。
また大球に進路を塞がれる。
何度か繰り返すうちに、動きが変わった。
「……遅くなってる」
「疲れてるんだと思う」
カナが言う。
「体が重いから、何回も突進できない」
なるほど、とエンは思う。
倒す必要はない。
崩せばいい。
次の突進。
エンは大球の位置を少しだけ下げた。
斜面の途中。
岩殻モールがぶつかった瞬間、巨体がわずかに滑る。
その隙に、小球を足元へ送り込む。
ぐらり、と巨体が傾いた。
「……今だ!」
もう一度。
転がった小球が同じ場所に当たる。
岩殻モールの体が大きく揺れ、ついに横へ倒れた。
地面が震える。
しばらく足をばたつかせていたが、やがて動きが止まった。
静寂が戻る。
エンはしばらく、その場に立ち尽くしていた。
「……倒せた?」
「うん」
カナが息を吐く。
「倒せてる」
エンはその場に座り込んだ。
疲れはある。だが、怖さはなかった。
「……なんか」
「うん?」
「今までやってたこと、全部そのままでしたね」
新しいことは何もしていない。
大球を置いて、小球を動かしただけだ。
カナが小さく笑う。
「だから勝てたんじゃない?」
エンは転がった二つの鉄球を見る。
軽い球と、重い球。
どちらか一つでは、たぶん勝てなかった。
「……これで、G級終わりですかね」
「たぶん」
カナは頷いた。
特別な達成感というより、静かな実感があった。
ここまで来られた、という感覚。
洞窟の奥から流れてくる風が、少しだけ冷たく感じる。
転石の洞の主は倒れた。
そして――。
二人の冒険は、ようやく次へ進む準備が整ったのだった。
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