第7話 役割のかたち
新連載です。
10話まで一挙に公開します。
毎日17:30投稿
転石の洞に入ってからしばらくして、エンは一つの変化に気づいていた。
「……前より楽ですね」
小さく呟くと、後ろを歩くカナが「そうだね」と返した。
以前なら、魔物が現れるたびにどう動かすかを考えていた。
球をどこに転がすか、どう当てるか。頭の中が忙しかった。
だが今は違う。
考えることが減っている。
小球は常に動かしておく。止めない。
大球は、先に置く。
それだけで、状況が自然に整うことが増えていた。
「慣れてきただけじゃない?」
カナは周囲を見ながら言う。
「かもしれません」
エンは小球をゆっくりと巡らせる。
滑らかな鉄の球は、意識に合わせて静かに軌道を変える。
そして少し先の分岐に、大球を置いた。
斜面の途中。転がれば通路の中央に来る位置だ。
――その直後だった。
岩陰からファングラットが三匹、飛び出してくる。
だがエンは慌てなかった。
小球を転がす。
一匹が避ける。もう一匹が横に回る。
その先に、大球がある。
勢いを殺せず、魔物がぶつかる。体勢が崩れたところへ、小球が戻ってくる。
短い音が響き、動きが止まった。
残りの一匹は逃げていく。
「……前より早い」
カナがぽつりと言った。
「ですね」
エンは苦笑する。
何か新しいことをしているわけではない。ただ、順番が決まっただけだ。
先に置く。あとで動かす。
それだけで、戦いが短くなる。
さらに奥へ進むと、今度はロックモールが現れた。
以前なら少し構えていた相手だが、今は違う。
エンは大球の位置を少しだけずらした。
突進してきた魔物は自然と進路を変え、狭くなった通路へ入る。
「そっち行くんですね」
「行くねぇ」
カナが冷静に言う。
小球が転がる。
横から当たり、体勢が崩れる。
終わりだった。
エンは息を吐く。
「……なんか」
「うん?」
「戦ってる感じが、あんまりしないんですよね」
カナは少し考えてから答えた。
「最初からじゃない?」
「そうなんですけど」
エンは周囲を見回す。
敵を押し返したわけでも、力でねじ伏せたわけでもない。ただ、動きを変えただけだ。
「俺、敵を倒してるっていうより……」
「動かしてる?」
「それです!」
言葉にすると、妙にしっくりきた。
帰り道。
洞窟の出口に近い場所で、二人は少しだけ足を止めた。
「大球、いいね」
カナが言う。
「最初は使いにくかったですけど」
「うん。でも今は困ってないでしょ」
確かにそうだった。
小球だけだった頃は、どう当てるかを考えていた。
だが今は、どう動かすかを考えている。
大球があるだけで、敵の動きが限定される。
「……型ができてきた気がします」
エンが言うと、カナは小さく頷いた。
「うん。やっとだね」
その言葉には、少しだけ満足そうな響きがあった。
鍛冶師として、自分の作ったものが役に立っているのを見ている表情だった。
エンは二つの鉄球を見る。
小さく、よく動く球。
大きく、そこにあるだけで意味を持つ球。
どちらも同じ鉄で、同じ形なのに、役割はまったく違う。
「……球って、面白いですね」
「今さら?」
カナが笑う。
確かにそうだった。
意味が分からないと思っていたスキルは、少しずつ形になっている。
まだ強いわけじゃない。
でも。
少なくとも、自分たちのやり方は見えてきた。
転石の洞の出口から差し込む光を見ながら、エンは次のダンジョンのことを考えていた。
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