第77話 風喰いの獣
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低い唸り声は、風に混じって響いていた。
遺跡の奥へ進むにつれ、崩落の度合いはさらに激しくなる。
柱は途中で折れ、床は段差だらけになり、上から吹き込む風が強くなっていた。
そして――気配が違う。
「……いますね」
エンが小さく言う。
視界の先、高い瓦礫の上。
そこにいた。
しなやかな体躯。低く構えた四足。風に揺れる毛並み。
大型の猫科モンスター。
E級の最奥に現れる個体として、明らかに格上だった。
「速そうだね」
カナが静かにハンマーを構える。
獣は動かない。
だが、視線だけがこちらを捉えている。
次の瞬間――消えた。
「上!」
カナの声と同時に、頭上から影が落ちる。
エンは反射的に小球を動かした。
だが間に合わない。
獣は着地と同時に方向を変え、すでに次の足場へ跳んでいる。
「……速い」
小球が追いつかない。
着地位置が読めない。
今までの敵は、流れに入ってきた。
だがこいつは違う。
流れの外を動く。
エンは大球を動かす。
転進で加速した大球は、相手の進路を塞ぐ。
だが獣は直前で方向を変え、壁を蹴って回避した。
金属球が虚しく石壁を打つ。
「くっ……」
また追っている。
気づいた瞬間、エンは歯を食いしばった。
今までと逆だ。
相手の動きに合わせて球を動かしている。
それでは遅い。
再び影が落ちる。
カナが受け止め、横へ弾く。
だが深追いはできない。
獣はすぐに距離を取り、上段へ逃げる。
高所。
段差。
崩れた柱。
安全な場所だけを選んで移動している。
「……頭いいですね」
「うん。嫌なタイプだ」
カナが短く答える。
エンは小球を散開させる。
着地点を塞ぐ。
だが数が足りない。
獣はわずかな隙間を見つけ、そこへ降りる。
止まらない。
流れが作れない。
大球をもう一度動かす。
転進。
だが今度も空振りだった。
獣はすでにそこにいない。
「……当たらない」
エンは小さく呟いた。
力が足りないわけじゃない。
速さでもない。
やり方が違う。
風が強く吹き込む。
砂が舞い、視界が一瞬揺れる。
その隙を狙って、獣が低く滑り込んできた。
カナが間一髪で受け止める。
衝撃で足が滑る。
「エン!」
「はい!」
小球を動かし、退路を作る。
なんとか距離を取る。
だが余裕はない。
獣は再び高所へ戻った。
上から見下ろしている。
焦っているのはこちらだけだ。
「……違う」
エンは息を整えながら呟く。
分かっている。
当てに行っている。
だから読まれる。
そのとき、カナがぽつりと言った。
「ねえ、エン」
「はい?」
「あれさ」
獣の視線を追う。
跳び移る場所。
着地する場所。
「危ないところには降りてない」
エンははっとした。
確かにそうだ。
崩れた床。傾いた足場。転がる瓦礫。
そういう場所には、一度も降りていない。
必ず、足場の安全な場所を選んでいる。
「……つまり」
カナが続ける。
「降りる場所を、なくせばいいんじゃない?」
風が吹き抜ける。
エンはゆっくりと周囲を見渡した。
段差。斜面。瓦礫。
配置できる場所はいくらでもある。
今までとは逆だ。
追うんじゃない。
選ばせる。
獣が再び跳躍の姿勢を取る。
次に動くのは、向こうだ。
だが今度は違う。
エンは静かに小球を動かした。
着地できる場所を、一つずつ消していく。
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