第76話 流れの再定義
毎日20時投稿
風は相変わらず吹いていた。
だが、さっきまでとは景色の見え方が違う。
エンは小球を一つ転がす。
斜面を滑り、途中で止まる。以前なら「戻さなければ」と考えていた位置だった。
今は違う。
そこに常にとどまるように置いておく感覚で操作を行う。
「……いいですね」
小さく呟く。
球は止まっている。
だが、無駄ではない。
そこを通れば、敵は動きを変えざるを得ない。
奥から現れたのは、装甲の厚い獣型モンスターだった。
前脚が太く、正面からの攻撃を受け止めるタイプ。
E級の中でも厄介な個体だ。
「来ます」
エンは小球をもう一つ展開する。
今度は循環させない。
左側の斜面へ流す。
球は止まり、通路の一部を塞ぐ形になる。
獣が進路を変える。
自然と、右へ。
「カナ、右です」
「了解」
カナが前へ出る。
正面から受けず、少しずらして誘導する。
獣は空いた方向へ逃げようとする。
そこに、大球があった。
転進。
斜面を利用して加速した大球が、横からぶつかる。
直撃ではない。
だが体勢が崩れる。
逃げる方向がさらに限定される。
「……よし!」
エンは理解した。
戻さなくていい。
球は次の選択を減らすためにある。
それだけでいい。
獣が跳び退く。
高低差を使い、上段へ逃げようとする。
以前ならここで戦いの流れが途切れていた。
だが今回は違う。
エンは巨大球を取り出した。
ゆっくりと斜面へ押し出す。
重い音を立てながら、巨大球が転がり始める。
坂を下り、逃走経路を塞ぐ。
また通れる場所が一つ減る。
獣が迷う。
その一瞬。
「今だ!」
カナが踏み込む。
ハンマーが振り下ろされ、獣の足を止める。
完全な拘束ではない。
だが十分だった。
エンは上を見上げる。
崩れた天井。
段差。
斜面。
すべてが見えている。
「……転進」
大球を上段から落とす。
回転を乗せたまま、重力に引かれて加速する。
真下へ。
逃げ場はない。
鈍い衝突音が遺跡に響いた。
獣が地面に沈む。
そして静寂。
風が吹き抜ける。
小球がどこかで小さく転がり、止まった。
「……今の」
エンは息を吐いた。
「狙ったわけじゃないです」
「でも出来た」
カナが笑う。
「それで十分」
エンは周囲を見る。
球はもう循環していない。
だが戦いは途切れていない。
むしろ、自然に繋がっていた。
「流れって」
エンはぽつりと言う。
「作るものじゃなかったんですね」
「ん?」
「もう、そこにあるというか」
カナは少し考えてから笑った。
「やっと分かった?」
エンも笑う。
今までと同じスキル。
同じ球。
だが、使い方が変わった。
風の遺跡の奥から、低い唸り声が響いた。
今までの個体とは違う、重い気配。
エンは自然と大球へ視線を向ける。
「……行きましょう」
「うん」
カナが頷く。
「最後だね」
E級最後の戦いが、すぐそこまで来ていた。
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