第74話 崩れる循環
毎日20時投稿
風は、止まらなかった。
遺跡の奥へ進むほど、崩れた天井は増え、外気の流れが強くなる。
石床はところどころ傾き、瓦礫が散乱している。見た目以上に足場は不安定だった。
エンは小球を三つ展開する。
いつも通りだ。
小球を流し、動線を作り、敵の動きを制限する。
――はずだった。
最初の小球が、段差を越えた瞬間に跳ねた。
予想よりも大きく。
軌道が外れる。
「……っ」
すぐに修正する。
だが次の瞬間、別の小球が斜面を滑り落ちた。
止まらない。
摩擦が足りないのか、風に押されているのか。
わずかな傾斜が、そのまま速度に変わる。
循環が繋がらない。
「エン、右!」
カナの声。
獣型モンスターが跳び込んでくる。
エンは反射的に大球を動かした。転進で進路を塞ぐ。
直撃はしないが、勢いを殺すことには成功する。
カナが踏み込み、ハンマーを叩きつけた。
鈍い音。
敵は崩れ落ちる。
勝てている。
だが――。
「……遅い」
エンは小さく呟いた。
判断が遅れている。
いや、判断ではない。球が思った位置にいない。
次の戦闘でも同じだった。
小球が戻ってこない。
今までなら自然に繋がっていた動きが、ここでは一度途切れる。
途切れるたびに、操作が増える。
操作が増えるほど、余裕がなくなる。
「……っ」
球を追っている。
今までとは逆だった。
これまでは球が流れを作り、エンはそれを整えていただけだ。
今は違う。
崩れた流れを、無理に繋ぎ止めている。
戦闘を終えたあと、エンはその場に座り込んだ。
息が上がっている。
体力ではない。
集中力の消耗だった。
「大丈夫?」
「……はい」
答えながらも、納得はしていなかった。
「でも、うまくいかないです」
エンは正直に言う。
「同じことをしているだけでは、続かない」
小球を軽く転がす。
床の傾斜に沿って、ゆっくりと逸れていく。
ほんの少し。
だがその少しが、すべてを狂わせる。
カナはしゃがみ込み、転がる球をじっと見ていた。
「ねえ、エン」
「はい」
「今までさ」
カナは指先で床をなぞる。
「ここまでバラバラな場所、なかったよね」
エンは考える。
霧の遺跡。地下水路。フラッドの通路。
どれも閉じた空間だった。
壁も床も、均一だった。
「……あ」
言葉が止まる。
今、ここは違う。
床は傾き、風が吹き、球は戻らない。
「流れは、閉じてないんだよ」
カナが言った。
「戻ってこないでしょ」
確かにそうだった。
これまでの球は、どこかで必ず戻ってきた。
反射して、循環して、また流れに乗る。
だがここでは違う。
一度外れた球は、そのまま消える。
流れが続かない原因はこれだった。
エンは静かに球を見つめた。
「……今までみたいに、いかないですね」
「うん」
カナはあっさり頷く。
「でもさ」
少しだけ笑う。
「ここまで来て、それが分かったんだからいいんじゃない?」
風が吹き抜ける。
小球が、ゆっくりと別の方向へ転がっていく。
エンはそれを止めなかった。
止めても、また同じことが起きる。
今までのやり方では足りない。
その事実だけが、はっきりしていた。
E級最後のダンジョンは、まだ答えをくれなかった。
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