第73話 風の遺跡
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E級ダンジョン五回目。
ギルドの掲示板に貼られた依頼書を前に、エンは首をかしげていた。
「……遺跡、ですよね?」
「うん。遺跡」
カナはあっさり頷く。
「ただし、ちょっと変わってる」
依頼書にはこう書かれている。
――半崩落遺跡型ダンジョン《風抜けの遺跡》。
「半崩落?」
「天井が崩れてるらしいよ。上が開いてる」
カナは軽く肩をすくめた。
「風も入るって話」
エンは少し考えた。
これまでのE級ダンジョンとは違う。霧の遺跡も、地下水路も、基本は閉じた空間だった。
風があるということは――。
「……球の流れ、考えないとですね」
「うん」
カナは笑った。
「だからここ」
その言葉の意味を、エンはまだ深く理解していなかった。
ダンジョン内部は、確かに遺跡だった。
崩れた石壁。途中で途切れた柱。苔の生えた床。
だが決定的に違うのは――光だった。
天井の一部が崩れ、上から自然光が差し込んでいる。風が吹き抜け、砂や細かい破片が床を転がっていた。
「……明るいですね」
「その代わり、音が散るね」
カナが周囲を見回す。
エンは小球を一つ取り出した。
いつも通り、軽く転がす。
石床を滑るように進み――
わずかに、軌道が逸れた。
「……あれ?」
意図した角度より、少しだけ外れている。
床は平らに見える。だが微妙に傾いているらしい。
さらに、吹き抜けてきた風が球の動きをほんのわずかに押した。
ほんのわずか。
だが、無視できない程度に。
「どう?」
「……変です」
エンは正直に答えた。
「いつもと同じ動きにならないです」
「だろうね」
カナは頷いた。
「ここで通じるなら、本物だよ」
その言葉に、エンは首をかしげる。
「本物?」
「今までは、比較的優しい場所だったからさ」
霧の遺跡は視界が悪い代わりに、壁も床も均一だった。
地下水路は狭く、流れを切りやすかった。
だがここは違う。
広い。
高低差がある。
風がある。
環境そのものが、一定ではない。
奥から気配がした。
岩陰から現れたのは、四足の獣型モンスターだった。
E級では珍しくない個体だが、足場の悪さもあって動きが読みづらい。
「来ます」
エンは小球を二つ展開する。
いつも通り、流れを作る。
――はずだった。
小球の一つが段差に乗り上げ、そのまま斜面を滑り落ちた。
「あ」
予想より速い。
位置がずれる。
もう一つの球も、反射角度が合わない。
流れが繋がらない。
「……!」
獣が一気に距離を詰めてくる。
カナが前に出てハンマーで受け止める。
「エン!」
「すみません!」
慌てて球を戻す。
だが今度は風に押され、思った位置で止まらない。
ほんの少しのズレ。
だが、その少しが大きい。
戦闘自体は、問題なく終わった。
大球の転進で動きを止め、最後はカナが叩き伏せる。
だが――。
「……変ですね」
戦闘後、エンはぽつりと呟いた。
「うまくいかないです」
今までなら自然に繋がっていた動きが、ここでは続かない。
球が戻ってこない。
流れが閉じない。
カナは崩れた柱に腰を下ろした。
「いいんじゃない?」
「え?」
「今までと違うって分かっただけでも」
風が吹き抜ける。
どこかで、小石が転がる音がした。
「ここが最後のE級だよ」
カナはそう言って笑った。
「ちゃんと完成させて帰ろう」
エンは小さく頷く。
胸の奥に、わずかな違和感が残っていた。
今まで通りでは、また足りない。
そんな予感だけが、静かに残っていた。
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