第72話 次の一歩
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フラッド制圧から数日。
ギルドの空気は、すっかり元に戻っていた。
朝の時間帯。
依頼掲示板の前にはいつも通り冒険者が集まり、受付では換金のやり取りが続いている。
騒がしさも、ざわめきも、普段と変わらない。
ただ一つ違うのは――視線だった。
「この前は助かった」
通りすがりに、短く声をかけられる。
「ああ、あの時の」
エンは少し驚きながら頭を下げた。
大げさな言葉ではない。
だが以前のような「珍しいスキルのやつ」という距離感でもなかった。
同じ現場にいた冒険者としての、自然な言葉だった。
「完全に扱い変わったね」
カナが横で笑う。
「そうですか?」
「うん。前は様子見されてた。けど、今は戦力としてちゃんとカウントされてる」
さらっと言われて、エンは少しだけ照れる。
実感はあまりない。
やったことは、いつもと同じだからだ。
流れを作って、崩さなかっただけ。
掲示板の前では、同年代の冒険者たちが次のダンジョンの話をしていた。
その中に、見覚えのある大剣の少年の姿もある。
目が合うと、軽く顎を上げて挨拶された。
それだけだ。
だがもう、そこに距離はなかった。
「……なんか変な感じですね」
「なにが?」
「追いつこうとしてたはずなのに」
エンは言葉を探す。
「気づいたら、同じ場所に立ってるというか」
カナは少しだけ笑った。
「冒険者なんてそんなもんよ」
そのとき、入口の方が少しだけざわついた。
新しくこの街に入ってきた冒険者らしい。
視線がいくつかそちらへ向く。
エンも何気なく目を向けた。
同年代くらいの少女だった。
軽装。
背には短槍。
無駄な動きがない歩き方をしている。
受付で簡単に手続きを済ませると、そのまま依頼掲示板へ向かった。
周囲の視線を気にする様子はない。
「……新人ですかね」
エンが何気なく言う。
「さあ」
カナはちらりと見ただけで、すぐに視線を戻した。
「新人にしては、強そうだけどね」
それ以上は気にしない。
ギルドでは珍しくない光景だった。
換金を終え、二人で外に出る。
昼前の陽射しが眩しい。
「さて」
カナが伸びをする。
「あと一回だね」
エンは頷いた。
E級ダンジョン五回制覇。
D級挑戦の条件。
ここまで来るとは、最初は思っていなかった。
「次、どこにします?」
「最後だしね」
カナは少し考える。
「ちゃんと選ぼう」
仕事としてではなく、次へ進むための一回。
エンは空を見上げた。
特別な達成感というより、静かな実感がある。
流れは止まっていない。
ここまで来たのも、無理に進んだからではない。
気づけば、ここにいた。
「……楽しみですね」
「うん」
カナが笑う。
「次は、仕上げだよ」
E級最後の一回。
次の扉は、もうすぐそこまで来ていた。
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