第71話 ダンジョンフラッド制圧
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前線が安定し始めてから、しばらくは順調だった。
ゴブリンの群れは多いが、流れは崩れない。
小球が進路を制限し、前衛が確実に数を減らしていく。
だが――。
「……増えてる」
カナが低く言った。
奥の通路。
暗がりの向こうから、また新しい群れが現れる。
一度ではない。
間を置かず、次々と。
「まだ湧くのかよ……!」
前衛の一人が吐き捨てる。
倒している。
確実に減らしている。
それでも、前に進めない。
さっきとは逆だ。
今度は前線が止まり始めていた。
ゴブリンが横へ広がる。
小球が進路を塞ぐ。
だが数が多すぎる。
一瞬の隙に別の個体が入り込み、押し返そうとする。
前衛が踏みとどまる。
だが後ろの足音が近い。
撤退を考え始めた空気が、わずかに混じる。
「……エン」
カナが呼ぶ。
短い声だった。
説明はいらない。
このままでは押し出される。
勝っているのに、負ける形だ。
エンは奥を見た。
小球の流れは維持できている。
だが、通路そのものが埋まり始めている。
流れを作っても、通る場所がなくなる。
「……切り替えます」
エンは静かに言った。
マジックバッグから、巨大球を取り出す。
直径八十センチ。
完全に均された金属の塊。
周囲の冒険者が思わず目を向ける。
「でか……」
誰かが呟いた。
エンは巨大球を転がした。
ゆっくりと。
無理に加速しない。
通路の中央へ。
ゴブリンの群れが反応する。
だが避けきれない。
重い音とともに、群れが左右へ分断される。
通路が割れる。
詰まっていた流れが、一気にほどけた。
「前、空いたぞ!」
誰かが叫ぶ。
前衛が踏み込む。
押し返されかけていた前線が、再び前へ動き出した。
巨大球は止まらない。
ゆっくりと転がり続け、通路の中央を支配する。
敵は近づけない。
流れが、強制的に作り直される。
エンはそこで初めて小球を動かした。
分断された側へ流す。
群れが細くなる。
処理できる数になる。
戦場の空気が変わった。
「……なるほどな」
前にいた冒険者が息を吐く。
「これなら、もう押されねえ」
誰も仕組みは理解していない。
だが分かる。
崩れない。
それだけで十分だった。
エンは巨大球の転がる音を聞きながら思う。
倒すためじゃない。
流れを止めるためでもない。
流れを作り直すためだ。
それから先は、時間の問題だった。
分断されたゴブリンの群れは、もう数の力を活かせない。
前衛が確実に削り、後衛が援護する。
小球が横から動線を塞ぎ、逃げ道を限定する。
巨大球は通路の中央で静かに存在し続けていた。
押し返される感覚は、もうない。
「最後、いける!」
声が上がる。
奥から出てきた最後の群れが倒れ、通路に静寂が戻る。
誰かが大きく息を吐いた。
「……終わったか」
緊張が一気に抜ける。
怪我人はいるが、重傷はいない。
撤退者も出ていなかった。
完全な制圧だった。
ダンジョンの外へ戻ると、ギルド職員がすぐに状況を確認に来た。
報告をまとめ、人数と討伐数を確認する。
しばらくして、ギルマスが静かに頷いた。
「今回のフラッド対応は成功だ」
周囲の冒険者たちから安堵の声が漏れる。
「E級ダンジョン制圧として、正式に一回分として記録する」
その言葉に、小さなどよめきが起きた。
通常の攻略とは違う。
だが、あの状況を抑え切ったこと自体が実績だった。
エンは少しだけ驚いた顔をした。
「……一回分、なんですね」
「当然だろ」
近くにいた冒険者が笑う。
「普通なら撤退してる量だった。それだけのことをやったんだ」
カナは肩をすくめた。
「まあ、結果オーライだね」
周囲の視線が、以前とは少し違っていた。
派手な技を見たわけではない。
だが、あの場にいた全員が知っている。
前線が崩れなかった理由を。
フラッドから数日後。
ギルドの空気は、いつも通りに戻っていた。
だが、エンたちへの視線だけが少し変わっていた。
露骨ではない。
ただ、声をかけられることが増えた。
「この前は助かった」
「前線、やりやすかったぞ」
短い言葉ばかりだ。
大げさな称賛ではない。
それでも、以前とは違う。
掲示板の前で、レオが笑う。
「やったな。完全に同格扱いじゃん」
「そうですか?」
「そうだよ。前は珍しいやつって感じだったけどさ」
肩を軽く叩く。
「今は、一緒に前にいてほしいやつだ」
エンは少し照れながら笑った。
カナはその様子を少し離れて見ていた。
「……やっとだね」
「え?」
「冒険者っぽくなった」
エンは首を傾げる。
カナは笑った。
「強いとかじゃなくてさ。頼られる方」
夕方、二人でギルドを出る。
街はいつも通り賑やかだ。
何かが大きく変わったわけではない。
だが確実に、立ち位置が変わっている。
「……次、どうします?」
エンが聞く。
カナは少し考えてから答えた。
「あと一回でしょ」
E級ダンジョン五回制覇。
D級挑戦の条件。
ここまで来たのは、初めてだった。
エンは小さく頷く。
流れは、止まっていない。
次の場所へ、自然に続いていく。
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