第61話 均形の意味
毎日20時投稿
霧の遺跡へ戻ったとき、エンの動きは以前よりさらに慎重になっていた。
小球を二つ、ゆっくりと転がす。
止めない。
霧の中へ消えていく音だけを頼りに、位置を把握する。
「……やります」
「うん」
カナが短く答える。
今回は試すために来ていた。
戦うためではなく、戦い方を変えるために。
霧の奥から魔物が現れる。
二体。
エンはすぐには動かない。
小球の一つが壁に当たり、方向を変える音がする。
もう一つの小球が、別方向から戻ってくる。
――今だ。
ほんのわずかに触れる。
角度をずらす。
二つの小球がぶつかった。
軽い金属音。
片方が止まりかけ、もう片方が押し出す。
そして、両方とも転がり続けた。
「……!」
魔物が進路を失い、足を止める。
カナが踏み込み、一体を叩き伏せた。
もう一体が横へ逃げようとする。
そこへ、さっき弾かれた小球が戻ってくる。
偶然ではない。
流れの中で、そこに来ることが分かっていた。
魔物の足がもつれる。
戦闘はすぐに終わった。
エンはしばらく動かなかった。
「……できました」
「うん」
s
カナも小さく頷く。
だが、その表情は少しだけ真剣だった。
「ねえ、エン」
「はい?」
「これさ」
カナは転がり続けている小球を見る。
「普通の球じゃ無理だと思う」
エンは首を傾げた。
「そうですか?」
「うん」
カナはしゃがみ込み、小球を指で軽く弾く。
球は余計な揺れもなく、真っ直ぐ転がった。
「歪みがないから、思った通りに跳ねる」
エンははっとする。
「……均形鍛冶」
「そう」
カナは少しだけ笑った。
「ずっと言ってたでしょ。平均って、悪くないって」
これまで、均形鍛冶は評価されなかった。
特別な武器は作れない。
突出した性能もない。
だが今、目の前で起きていることは違う。
完全な球体。
重さの偏りがない。
表面の歪みがない。
だから反射が安定する。
だから予測できる。
「……カナが作ったから、できてるんですね」
「まあね」
「エンのスキルだけじゃ無理だったんじゃない?」
カナは少し照れたように視線を逸らす。
しかし、それは事実だった。
少しでも歪んでいれば、反射は毎回変わる。
流れは作れない。
さらに奥へ進む。
小球は止まらない。
壁に当たり、方向を変え、また転がる。
エンは必要なときだけ触れる。
それだけで、戦闘が成立する。
操作している感覚はほとんどなかった。
「……変な感じですね」
「なにが」
「球が勝手に戦ってるみたいで」
カナは笑った。
「いいじゃん」
そして続ける。
「それがエンの戦い方でしょ」
霧の中で、小球同士が再びぶつかる。
金属音が響き、軌道が変わる。
止まらない。
流れが続く。
エンはようやく理解していた。
これは新しい技ではない。
球術と均形鍛冶。
二つが初めて、同じ場所で噛み合っただけだ。
E級の戦い方が、確かに形になり始めていた。
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