第60話 反射の練習
毎日20時投稿
霧の遺跡から戻った翌日。
エンは街の外れにある空き地で、小球を二つ並べていた。
少し距離を取って置く。
いや、正確には――置かない。
軽く転がす。
二つの小球が、それぞれ別の方向へゆっくり動き始める。
「……当てるんですよね」
カナが腕を組んで見ている。
「はい」
エンは頷いた。
頭の中では理解している。
球が球に当たれば、動きは続く。
止まらない。
霧の中でも流れを維持できる。
問題は――。
どう当てるか、だった。
エンは小球の一つに軽く触れる。
角度を調整する。
転がった球が、もう一つの球に当たる。
カン、と乾いた音。
片方が止まり、もう片方が大きく方向を変えて転がっていく。
「……違う」
エンは小さく呟いた。
これでは意味がない。
どちらかが止まってしまう。
動きが続かない。
「思ったよりシビアですね」
「そりゃそう」
カナはあっさり言う。
「完全な球だもん」
均形鍛冶で作られた球は、歪みがない。
だからこそ、反射は正確だ。
そして正確すぎる。
少し角度が違えば、全く別の方向へ進む。
何度も試す。
当てる。
止まる。
逸れる。
ぶつかって、予想外の方向へ転がる。
「……難しい」
思わず本音が漏れる。
今までの球術とは感覚が違う。
自分が動かすのではない。
次の動きを“仕込む”必要がある。
「エン」
カナが声をかけた。
「狙いすぎ」
「え?」
「次どう動くか、全部決めようとしてる」
エンは一瞬考える。
確かにそうだった。
当てたあと、どう転がるかを完全に制御しようとしている。
「そこまでいらない」
カナは続ける。
「動き続ければいいんでしょ?」
その言葉で、エンの肩から少し力が抜けた。
そうだ。
正確な軌道は必要ない。
止まらなければいい。
もう一度、小球を転がす。
今度は角度を厳密に合わせない。
自然な流れの中で、少しだけ方向を寄せる。
小球同士がぶつかる。
片方が止まりかけ――もう一方に押されて再び動き出した。
「……あ」
二つとも、転がり続けている。
完全な循環ではない。
だが、止まっていない。
「今の」
「うん」
カナが頷く。
「いい」
エンはその動きを目で追わない。
音を聞く。
どちらもまだ動いている。
それだけで十分だった。
何度も繰り返す。
失敗の方が多い。
思った方向へ行かず、すぐ止まることもある。
だが、少しずつ分かってきた。
強く当てない。
角度を作りすぎない。
流れの中で、次の動きを渡す。
「……これ、ダンジョンだと難しいですね」
「うん」
カナは笑う。
「でもできたら?」
エンも笑った。
想像できる。
霧の中でも球が止まらず動き続ける状態。
自分が触らなくても、流れが維持される戦場。
夕方になる頃には、エンの腕は重くなっていた。
それでも、小球同士が自然に動き続ける瞬間が、何度か生まれていた。
まだ安定しない。
だが確実に前に進んでいる。
「……面白いですね」
思わず口にする。
「うん」
カナが頷く。
「やっとエンの戦い方っぽくなってきた」
エンは少し照れながら、小球を拾い上げた。
球を動かすのではない。
動きが続くようにする。
その難しさが、逆に楽しかった。
E級の戦いは、また一歩先へ進もうとしていた。
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