第56話 同じ場所での勝利
毎日20時投稿
地下水路の奥へ進むにつれて、水の流れる音は次第に強くなっていった。
石造りの通路は広がり、やがて大きな空間へと繋がる。
天井は高く、中央には浅い水路が走っている。
床は水路に向かって緩やかに傾斜しており、水が絶えず流れていた。
「……ここですね」
エンが小さく言う。
空気が違う。
気配が濃い。
そして、奥の暗がりから低い声が響いた。
「ギャアッ」
現れたのは、通常のゴブリンより明らかに大きな個体。
ゴブリンキング。
その周囲に、ゴブリンが六体。
地下水路のボス部屋だった。
「……来ましたね」
「うん。落ち着いて」
カナの声はいつも通りだった。
だが、状況は前回とは違う。
足場は滑る。球は止まらない。
以前の戦い方なら、ここで崩れていた。
キングが声を上げる。
ゴブリンたちが一斉に動いた。
正面から三体、左右から回り込む二体。
残りは後方で様子を見る。
「流れ作ってきます!」
「任せた!」
エンは小球を流す。
止めない。
水の流れに乗せたまま、わずかに触れる。
曲転進。
球が弧を描き、通路の中央を横切る。
一体が進路を塞がれ、足を止める。
そこへカナが踏み込み、ハンマーを振り下ろした。
だが次の瞬間、キングが前へ出る。
低く、速い踏み込み。
「早い!」
エンは大球を滑らせる。
押し出さない。
水流に乗せて軌道だけを変える。
大球が横から入り、キングの動きを止めた。
完全には止まらない。
だが十分だった。
カナが距離を取り直す。
ゴブリンが再び散開する。
キングの声で、動きが揃う。
地下水路では、数の圧力がそのまま脅威になる。
囲まれれば終わる。
「……エン」
「分かってます」
全部を止めない。
流れを切る。
小球を二つ、あえて水路の中央へ流す。
ゴブリンが避けようとして動線が乱れる。
その瞬間、エンは後方へ意識を向けた。
――巨大球。
直径八十センチの鉄球。
普段は切り札としてしか使わない。
だがここは、平坦ではない。
水が流れている。
「カナ、少し下がってください!」
「了解!」
巨大球を前へ出す。
重い。
だが、一度動き出せば止まらない。
水路の傾斜に乗る。
ゆっくりと、しかし確実に前へ転がり始めた。
ゴブリンが慌てて散る。
キングが声を上げる。
だが遅い。
巨大球は壁のように空間を押し潰していく。
逃げ場がなくなる。
「今!」
カナが横から踏み込み、一体を叩き伏せる。
残ったゴブリンが後退する。
陣形が崩れた。
キングが単独で前へ出る。
怒りの声を上げ、一直線にエンへ向かってくる。
「来ます!」
エンは巨大球を止めない。
流し続ける。
キングは避けるしかない。
進路が限定される。
そこへ――。
「転進!」
大球が唸りを上げた。
回転を乗せた鉄球が、逃げ道を塞ぐ形で走る。
キングが横へ跳ぶ。
その先には、小球。
曲転進で軌道を変えた球が足元へ滑り込む。
一瞬の体勢の乱れ。
「今だよ!」
カナの声。
ハンマーが振り下ろされ、キングの動きが止まる。
エンは迷わなかった。
もう一度、大球を引き戻す。
転進。
轟音とともに鉄球が直撃し、キングの体が壁へ叩きつけられた。
動かない。
周囲のゴブリンが、散るように逃げていく。
水音だけが残った。
エンはしばらく動かなかった。
呼吸は荒くない。
だが、胸の奥が熱い。
「……勝てました」
「うん」
カナが笑う。
「しかも、ちゃんとここで」
前に撤退した場所。
止められなかった場所。
同じ環境で、今度は勝てた。
しかも無理をしていない。
巨大球はゆっくりと転がり、やがて水路の端で止まった。
エンはそれを見つめる。
止めるために使ったのではない。
流れそのものを変えた。
「……使い方、分かってきました」
「うん」
カナは頷く。
「大きいのは、強いから使うんじゃない」
少し笑って続ける。
「場所を変えるため」
エンも笑った。
地下水路。
苦手だった場所。
だがもう違う。
どんな場所でも戦える。
その実感が、確かにそこにあった。
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