第52話 回転の再定義
毎日20時投稿
修行は、ダンジョンではなく街の外れから始まった。
平らな地面。障害物の少ない場所。
いつもなら転進の練習をする場所だが、今日は違う。
エンは小球を一つ、ゆっくりと転がした。
止めない。
ただ、転がるままにさせる。
球は地面のわずかな傾きに従い、緩やかに方向を変えながら進んでいく。
「……止めないんですね」
カナが後ろから言う。
「はい」
エンは視線を球から外さない。
「今までは、止めてから動かしてました。でも地下水路だと、それができない」
球が止まる瞬間を作らない。
その状態で、どう扱うか。
それが今回の課題だった。
エンは軽く指を動かす。
転がっていた小球の軌道が、わずかに変わる。
大きくではない。
本当に、少しだけ。
「……難しいですね」
「力入れすぎ」
カナがすぐに言う。
「押してる」
エンは苦笑した。
確かにそうだった。
動かそうとすると、どうしても力を乗せてしまう。
すると球は加速する。
地下水路では、それが危険になる。
「回ってるものに、力足すと速くなるだけなんですね」
「うん」
カナは腕を組む。
「止めてから動かすのと違う」
エンは何度も小球を転がす。
触れる。
少しだけ軌道が変わる。
また触れる。
今度は変わりすぎる。
止まってしまう。
「……難しい」
思わず呟く。
今までできていたことが、急にできなくなったような感覚だった。
しばらく無言の時間が続いた。
球が転がる音だけが響く。
何度も繰り返すうちに、少しずつ分かってくる。
強く動かす必要はない。
ほんの少し触れるだけで、軌道は変わる。
止める必要もない。
「……あ」
小球が、緩やかな弧を描いた。
エンは思わず目を見開く。
「今の」
「うん」
カナが頷く。
「無理してない」
偶然だった。
だが、今までとは明らかに違う動きだった。
真っ直ぐではない。
自然に曲がった。
エンはもう一度試す。
転がして、触れる。
今度は曲がらない。
またやり直す。
何度も繰り返す。
額に汗が滲む。
「……転進って」
エンは息を整えながら言う。
「真っ直ぐ飛ばす技じゃなかったのかもしれません」
「どういうこと?」
「回転を強くした結果、真っ直ぐになってただけで」
言葉を探す。
「本当は、回転の向きを変えられるんじゃないかって」
カナは少しだけ目を細めた。
「曲げるってこと?」
「たぶん」
まだ確信はない。
だが、地下水路で感じた違和感と、今の感覚が繋がり始めている。
夕方になる頃には、エンの動きはかなり鈍くなっていた。
集中し続けたせいで、頭が重い。
それでも、小球は何度か自然に曲がった。
狙ったわけではない。
だが、確かに起きている。
「……今日はここまで」
カナが言う。
エンは小さく頷いた。
「はい」
球を拾い上げながら、空を見上げる。
まだ技にはなっていない。
だが、確実に何かが変わり始めている。
転進は、ただ速くするためのものではない。
回転そのものを理解すること。
それが、次に進むために必要なものだと、ようやく分かり始めていた。
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