第5話 重さの違い
新連載です。
10話まで一挙に公開します。
毎日17:30投稿
転石の洞に入るのも、もう慣れたものだった。
足元のわずかな傾きも、どこで足を滑らせやすいかも、なんとなく分かる。
エンの周囲では、子供の頭ほどの大きさの鉄球が静かに浮かび、ゆっくりと円を描いていた。
「安定してきたね」
後ろからカナが言う。
「ですね。前みたいに慌てなくなりました」
実際、ファングラットやロックモール相手なら、もう焦ることはない。
球を止めずに動かし続ければ、自然と隙ができる。
ただ――。
「……でも、あんまり討伐速度は早くなってないですよね」
エンが呟くと、カナも小さく頷いた。
「うん。安全だけど、時間はかかる」
倒せないわけではない。
だが討伐に時間がかかれば、その分だけ稼ぎも増えない。
G級の素材は元々高くないのだから、数をこなさなければ意味がない。
そのとき、前方の岩陰から影が走った。
「来るよ」
ファングラットではない。細長い体の魔物が、横に跳ねるように移動する。
「……速い」
ステップリザードだ。
エンは鉄球を前に出す。斜面に乗せ、いつも通り転がす。だが――。
ひらり、と避けられた。
「え?」
球はそのまま岩壁に当たり、勢いを失う。
もう一度軌道を変えようとするが、相手は既に別の位置に移動していた。
「動きが、読まれてる」
カナの声は落ち着いていた。
ステップリザードは距離を取り、様子を窺っている。
突っ込んでこない。
隙を待っているようだった。
もう一度、球を転がす。
今度は逆方向から。
だがやはり、ぎりぎりで避けられる。
「……当たらない」
「遅いんだと思う」
カナが言った。
「転がってるだけだから、見てから避けられる」
言われて、エンは言葉を思いつかなかった。
今まで当たっていたのは、相手が突っ込んできていただけだったのかもしれない。
数度のやり取りのあと、ステップリザードは危険がないと判断したのか、そのまま奥へ逃げていった。
静けさが戻る。
「……負けたわけじゃないですけど」
「勝ってもないね」
カナは淡々と言った。
悔しさはあったが、否定はできない。
ダンジョンを出たあと、二人は鍛冶場に戻っていた。
炉の火が赤く揺れている。カナは回収してきた鉄球を手に取り、表面を指でなぞった。
「傷、ほとんどない」
「当たってないですからね……」
「それもあるけど」
カナは少し考え込む。
「軽すぎるのかも」
「軽い?」
「動かしやすいけど、怖くない」
その言葉に、エンは少し考える。
確かに、ロックモールは当たっても止まらなかった。
ステップリザードに至っては、避ける余裕すらあった。
「じゃあ……重くする?」
「うん」
カナはあっさり頷いた。
「同じ鉄で、もう少し大きくしてみる」
数日後。
完成した鉄球は、ひと目で違いが分かった。
以前のものより一回り大きい。
直径は四十センチほど。
相変わらず継ぎ目はなく、表面は鏡のように滑らかだが、存在感がまるで違う。
「……でかいですね」
「重いよ」
言われて持ち上げる。
「……っ」
思わず声が漏れた。
腕にずしりと重さがかかる。今までの球とは明らかに違う。
「これ、本当に浮きますかね」
「浮かなかったら失敗」
カナは平然と言う。
エンは苦笑しながら、意識を集中させた。
球を掴むように。
ゆっくりと、大鉄球が床から離れる。
「……浮いた」
「浮いたね」
だが、次の瞬間には違いが分かった。
重い。
動かそうとすると、反応が遅い。
方向を変えるのにも、今までより意識を強く向けなければならない。
少し前へ動かす。
止めようとすると、わずかに遅れて止まる。
「……難しい」
「うん」
カナも頷いた。
「威力はありそうだけど、細かく動かせないね」
試しに転がしてみる。
床に落ちた瞬間、ドシンと鈍い音が響いた。
重さの分だけ勢いはあるが、扱いづらい。
今までのように気軽に軌道を変えられない。
しばらく試したあと、エンは息を吐いた。
「……前の方が使いやすいです」
「だと思った」
カナは特に残念そうでもなかった。
「でもさ、どっちがいいって話じゃないと思う」
「え?」
「使い方が、違うだけじゃない?」
エンは大鉄球と、今までの鉄球を見比べる。
小さい方は軽く、思い通りに動く。
大きい方は重く、動きは鈍いが、一度動けば止まりにくい。
「……使い分けろ、ってことですか」
「まあね」
カナは炉の火を見ながら言った。
「武器じゃなくて、道具なんだから」
その言葉は、妙にしっくりきた。
球は剣じゃない。
一つで全部を解決するものじゃない。
エンはもう一度、大鉄球を浮かせる。
重い。扱いにくい。だが――。
「……これ、使い道ありそうですね」
「うん。たぶんね」
まだ答えは分からない。
けれど、試せることは増えた。
それだけで、少しだけ先に進んだ気がした。
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