第49話 通じない技
毎日20時投稿
地下水路に再び足を踏み入れたとき、エンは前回よりも慎重に小球を動かしていた。
球は相変わらず、わずかな水の流れに乗ってゆっくりと転がっていく。
止まらない。
それは分かっている。
だからこそ、今回は無理に止めようとはしなかった。
「……前よりは、マシですね」
「うん。焦ってはいないね」
カナが後ろから言う。
前回は、いつもの感覚で動かそうとして崩れた。今回は最初から違う場所だと理解している。
それでも。
やりにくいことに変わりはなかった。
曲がり角の先から、ゴブリンが三体現れる。
エンは小球を斜めに流した。
進路を完全に塞ぐのではなく、動きをずらす。
一体が滑った床で足を取られ、体勢を崩す。
「今!」
カナが踏み込み、ハンマーで叩き伏せる。
残り二体。
エンは大球を押し出す。
だが――。
球が想定より速く流れた。
ゴブリンを弾いたあと、勢いが残り、壁にぶつかって跳ね返る。
「っ!」
戻ってくる。
慌てて軌道を修正するが、完全には止まらない。
通路が狭い。
逃げ場が少ない。
「エン、下げて!」
「はい!」
カナが一歩前に出て時間を稼ぐ。エンは大球をようやく減速させ、壁際に寄せた。
戦闘は終わったが、呼吸が乱れていた。
---
「……やっぱり、違いますね」
エンは息を整えながら言う。
「うん」
カナは短く頷く。
「今までのやり方だと、全部遅れる」
エンも同じことを感じていた。
洞窟型では、球を置いてから戦いが始まっていた。
だがここでは違う。
球を動かしながら戦うしかない。
それなのに、体はまだ「置く」感覚で動いてしまう。
さらに奥へ進む。
水の流れが少し強くなり、床の傾斜も大きくなる。
足場が安定しない。
そのときだった。
「ゴギャッ!」
横穴からゴブリンが飛び出す。
同時に、後ろからも足音。
「挟まれます!」
「前抜ける!」
エンは小球を前へ流す。
だが止まらない球は、思った位置より先へ流れた。
隙間ができる。
ゴブリンがそこを抜けてくる。
「近い!」
カナが受け止めるが、もう一体が横から迫る。
エンは大球を出す。
しかし狭い通路では勢いが強すぎる。
弾き飛ばしたあと、制御しきれず壁へ激突する。
鈍い音が響く。
その反動で、球がこちらへ戻ってきた。
「……危ない!」
ギリギリで軌道を逸らす。
だがその間に、ゴブリンが距離を詰めていた。
戦闘が長引く。
呼吸が乱れる。
いつものように終わらない。
ようやく最後の一体を倒したとき、エンは壁に手をついていた。
「……勝ってるのに」
思わず言葉が漏れる。
「全然、楽じゃないです」
「うん」
カナはあっさり答えた。
「今までのやり方が通じてないから」
エンは顔を上げる。
「強くなってないわけじゃない」
カナは続ける。
「でも、ここはそれ前提ではできてない」
地下水路。
止まらない床。
狭い通路。
球術の強みが、そのまま扱いづらさになっている。
奥の暗がりから、また足音が聞こえた。
しかも複数。
エンは大球に手を置いたまま、動かなかった。
行けるかどうか。
少し考える。
だが、すぐに首を振った。
「……今日は、ここまでにしましょう」
「うん。それがいい」
カナも迷わず頷く。
無理に進めば、どこかで崩れる。
それはもう分かっていた。
二人はゆっくりと引き返す。
勝てないわけではない。
だが、勝ち方が分からない。
E級に入って初めて、エンははっきりと感じていた。
――今のままでは、ここを越えられない。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
作者の新作です。
現代日本×ヒーローSF
「魂融合機兵ヴェスパー《HIVE-01》」
蜂型の機兵が侵略者と戦う物語です。
もしよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです。




