第39話 均形少女の過去
毎日20時投稿
鍛冶場の朝は早い。
炉に火を入れる音で、エンは目を覚ました。
昨日は一日休んだおかげか、体の重さはほとんど残っていない。
ただ、腕の奥にまだわずかな疲労が残っているのが分かる。
無理をした反動だ。
「起きた?」
振り返らずにカナが言った。
「はい。すみません、手伝います」
「今日はいい。まだ完全じゃないでしょ」
火加減を見ながら、カナは続ける。
「倒れるまでやるのは職人でも冒険者でも三流。覚えといて」
叱っているわけではない。いつもの調子だった。
エンは苦笑して頷く。
「……はい」
作業台の上には、大球が置かれていた。滑らかな表面に、うっすらと戦闘の跡が残っている。
カナはそれを手に取り、光にかざした。
「削れ方、前と違う」
「やっぱり分かるんですね」
「当たり前。作ったの私だし」
さらりと言って、指で表面をなぞる。
「回転かけたときだけ、ここに力が集中してる。転進の癖」
エンは思わず身を乗り出した。
「……直した方がいいですか?」
「いや」
カナは首を振る。
「今はこれでいい。使い方が固まってきた証拠だから」
そう言って、球を作業台に戻した。
しばらく沈黙が続く。
炉の火が鳴る音だけが響いていた。
やがてカナが口を開く。
「……エンさ」
「はい?」
「自分のスキル、嫌い?」
唐突な質問だった。
エンは少し考える。
「……少し前は、そうでした」
正直に答えた。
「意味分からないですし。何に使うのかも分からなくて」
「今は?」
「今は……」
少し迷ってから、笑う。
「面白いです」
カナは小さく笑った。
「だろうね」
金属を打つ音が一度だけ響く。
それからカナは、いつもより少しゆっくりした口調で言った。
「私のスキルも、似たようなもん」
エンは顔を上げる。
「均形鍛冶、ですよね」
「うん」
カナはハンマーを置いた。
「均一に作れる。それだけ」
言葉だけ聞けば、特別でもなんでもない。
「うちの家、代々鍛冶やってるって話したでしょ」
「はい」
「だから、みんな期待してた。変わった武器とか、特別な効果とか」
カナは肩をすくめる。
「でも私のは、全部同じになるだけ」
少しだけ笑う。
自嘲というほどではない。ただ、昔の話をしているだけの声だった。
「切れ味も普通。耐久も普通。特徴なし。面白くないってさ」
炉の火がぱちりと弾ける。
「一族からしたら、失敗作」
その言葉は軽かった。
けれど、長く使い慣れた言葉のように聞こえた。
エンは少し考えてから言う。
「でも、それって……すごいことじゃないですか?」
「どこが」
「だって、同じものを毎回作れるってことですよね」
エンは大球を見る。
どの方向から見ても歪みがない。転がしても、止まり方が変わらない。
「俺、これが同じ動きするから戦えてます」
カナは少しだけ目を細めた。
「……まあ、そういう使い方は想定してなかったけど」
「でも、今はそうなってます」
エンは笑った。
「カナの球じゃないと、たぶん無理です」
しばらく沈黙が落ちる。
カナは視線を逸らし、もう一度ハンマーを手に取った。
「……そういうこと、あんまり真顔で言わない方がいいよ」
「え?」
「調子狂うから」
軽く金属を叩く音が響く。
そのあとで、少しだけ柔らかい声が続いた。
「でもまあ、使い道ないよりはマシか」
エンは小さく笑った。
均形鍛冶。
平凡だと言われたスキル。
でも今は、それが自分の戦いを支えている。
不遇だと思っていたもの同士が、こうして並んでいるのが少し可笑しかった。
「……次は、ちゃんと休みながら行きます」
「そうして」
カナは即答する。
「倒れたら運ぶの私なんだから」
ぶっきらぼうな言い方だったが、声は少しだけ軽かった。
炉の火は、いつも通り静かに燃え続けていた。
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