第38話 倒れる日
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その日は、ダンジョンには潜らなかった。
カナの都合が悪い、とのことだった。
前日までの疲れが少し残っている気はしたが、動けないほどではない。
むしろ体を動かした方が楽になる気がして、エンは朝から街へ出ていた。
ギルドで依頼掲示板を眺め、素材の相場を確認し、道具屋をひと回りする。
特別な用事はない。ただ、じっとしているのが落ち着かなかった。
E級に入ってから、毎日が少しだけ速く進んでいる気がする。
強くなっている実感がある。
だから、止まりたくなかった。
「……あれ」
歩いている途中で、視界が少し揺れた。
立ち止まる。
大丈夫だ。少し立ちくらみがしただけ。
深く息を吸って、もう一歩踏み出す。
――足が、動かなかった。
「……え?」
力が入らない。
次の瞬間、膝が抜けた。
石畳の冷たさが近づいてくる。咄嗟に手をつこうとしたが、うまく動かない。
視界が白く滲んだ。
「……おい、エン?」
聞き慣れた声だった。
肩を揺すられて、意識が少し戻る。
「……レオ?」
「何やってんだよ、お前」
呆れたような声だったが、顔は真剣だった。
エンは壁にもたれかかる形で座らされていた。どうやら完全に倒れたわけではなかったらしい。
「……ちょっと、疲れてただけで」
「ちょっとで倒れるか」
レオはため息をつく。
「最近E級潜ってるんだろ」
「はい……」
「無理してたな」
断言だった。
反論しようとして、言葉が出てこない。
確かに、休んでいなかった。
戦えるのが楽しくて、止まらなかった。
「立てるか?」
「……たぶん」
試しに力を入れると、足がわずかに震えた。
レオは無言で肩を貸す。
「ほら、ギルドまで行くぞ。ここでまた倒れたら面倒だ」
「ごめん……」
「謝るな。よくある」
そう言いながらも、レオはエンの様子をちらりと見た。
「転進って技、覚えたんだってな」
「……はい」
「使いすぎだな」
図星だった。
ギルドの休憩スペースで、水を飲んでしばらくすると、ようやく頭がはっきりしてきた。
体の奥が重い。
筋肉の疲労というより、もっと内側が空っぽになったような感覚だった。
「スキルってさ」
レオが椅子に座ったまま言う。
「便利だけど、体は普通なんだよな」
「……はい」
「特にお前のは、重いもん動かしてるだろ」
鉄球の重さを思い出す。
大球も、巨大球も、実際には持ち上げていない。それでも、動かしているのは自分だ。
「慣れるまでは、勝手に限界超えるぞ」
レオはそう言って立ち上がった。
「今日は休め。マジで」
「……ありがとう」
「礼はいい。昔から無茶するタイプだったしな」
何気ない一言だった。
だが、その言葉にエンは少しだけ驚く。
「……昔?」
「あ?」
「いや、なんでもないです」
レオは肩をすくめる。
「まあ、カナにも言っとけよ。心配してたぞ」
そう言い残して、依頼掲示板の方へ歩いていった。
夕方、鍛冶場に戻ると、カナはすでに作業をしていた。
金属を削る音が止まる。
「……聞いたよ」
短い一言だった。
「すみません」
「別にいいけどさ」
カナはそれ以上責めなかった。
ただ、作業台の上に置かれた大球を軽く叩く。
「これは、重い」
「はい」
「それをあなたは動かしてるの、エン」
当たり前のことを言われる。
だが、その言葉は妙に重かった。
「……ちょっと調子に乗ってました」
正直に言う。
強くなった気がしていた。
前より早く終わる戦闘が嬉しくて、つい使いすぎていた。
カナは少しだけ考えてから言った。
「強くなったのは、本当」
エンは顔を上げる。
「でも、まだ慣れてない」
それだけだった。
否定でも慰めでもない。
ただの事実。
エンは小さく息を吐いた。
「……少し休みます」
「うん」
カナは頷き、また作業に戻る。
鉄を削る音が、いつもより静かに聞こえた。
強くなった実感は、まだ消えていない。
ただ、その使い方を知らなかっただけだと、ようやく理解し始めていた。
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