第34話 F級の終わり
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緑層の樹界から戻った翌日。
ギルドの中は、いつもと同じだった。
依頼掲示板の前には人だかりができていて、受付前では報告待ちの冒険者が並んでいる。
特別なことは何もない。誰かが大きな成果を上げたような空気もない。
それが、少しだけ心地よかった。
「緑層の樹界、討伐確認しました」
受付の女性が書類をまとめる。
「これでF級ダンジョン三種達成ですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
エンは頭を下げた。
横でカナが小さく頷く。
拍手が起きるわけでもない。周囲の冒険者がちらりと見る程度だ。
「もう三つ終わったのか」
「球のやつだろ?」
そんな声が少しだけ聞こえる。
評価というほどではない。ただ、覚えられたという感じだった。
「E級ダンジョンへの挑戦資格も更新しておきますね」
受付が言う。
エンは一瞬だけ言葉を失った。
「……ああ、はい」
ついこの前までG級に潜っていたはずなのに。
少しだけ、遠くまで来た気がした。
ギルドの二階から、ギルドマスターがその様子を見ていた。
並べられた鉄球。
装飾のない、ただの球体。
だが動きを思い出す。
無駄なブレがない。
同じ軌道を、何度もなぞっていた。
(……均一すぎる)
普通の鍛冶では出ない精度だった。
だが、今はまだ言う必要はない。
ギルマスは静かに視線を外した。
「……もう少しだな」
誰にも聞こえない声だった。
ギルドを出たところで、後ろから声が飛んだ。
「おーい、エン」
振り返ると、レオが手を上げていた。
「聞いたぞ。もうF級終わりなんだって?」
「なんとか、だけどね」
「早いなあ」
レオは笑う。
いつも通りの調子だった。
「まあでも、お前ならそのうち来ると思ってたけどさ」
「そうか?」
「おう」
軽い会話だった。
だがレオは一瞬だけ、エンの腰のマジックバックに視線を落とした。
(……本当に追いついたな)
口には出さない。
「じゃ、今度E級でな」
「あぁ」
それだけ言って、レオは手を振って去っていった。
鍛冶場に戻ると、いつもの匂いがした。
鉄と煤の匂い。
エンはマジックバックから球を取り出し、作業台の上に並べる。
小球、大球、巨大球。
どれも表面は滑らかなままだが、よく見ると細かな擦れ跡が増えている。
「結構使いましたね」
「うん」
カナは大球を手に取り、表面を確かめる。
「回ったときだけ、削れる向きが違う」
「やっぱりそうなんですね」
エンも覗き込む。
言われてみれば、同じ方向に薄く跡が残っている。
「でも、まだ安定してない」
カナが言う。
「できる時と、できない時がある」
エンは少し黙った。
静床の遺跡での感触。緑層の樹界での成功。
確かに強かった。
でも、いつでもできるわけじゃない。
「……たまたま強い、じゃダメですよね」
ぽつりと口に出す。
カナは顔を上げた。
「うん」
短い返事だった。
否定も、励ましもない。
ただ事実だった。
エンは大球を軽く転がす。
床の上で静かに止まる。
「ちゃんとできるようにします」
そう言うと、少しだけ笑った。
F級は終わった。
でも、まだ終わっていない気がした。
夕方。
鍛冶場の外に出ると、空は赤く染まっていた。
「F級、終わりましたね」
「うん」
カナは短く答える。
少しだけ間があって、続けた。
「でも、まだ強くなれる」
エンは笑った。
「ですね」
次に進む準備は、もう始まっていた。
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