第32話 落とす場所
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緑層の樹界に入る前、エンはしばらく入口の前で立ち止まっていた。
「……今日は、追いません」
ぽつりと言う。
カナは横で頷いた。
「うん。追ったら負けるね」
前回の戦いははっきりしていた。速さでは勝てない。上に逃げられれば、球は届かない。
なら、やることは一つだった。
「下にいさせる」
「そう」
カナは少し笑う。
「やっと同じこと言った」
エンも苦笑した。
今までずっとやってきたことだ。ただ相手が変わっただけなのに、気づくのが遅れた。
樹界の奥へ進む。
段差の多い広場に出ると、すぐに気配が現れた。
影が動く。
速い。
だが、今回は慌てない。
エンは小球を動かさず、先に大球を置いた。
上へ逃げるための斜面の手前。
完全には塞がない。
ただ、通りにくくする。
ボスが現れる。
こちらを見て、すぐに横へ移動する。
だが、いつもの上への動きが少し遅れた。
「……今」
カナが小さく言う。
エンは小球を低く動かす。
当てない。
進路を切る。
ボスが方向を変える。
だが、その先にも段差がある。
上に行けない。
「下にいる」
エンが呟く。
「うん」
カナの声は落ち着いていた。
焦る必要はない。
速い相手ほど、安全な場所を探す。
なら、その場所を減らせばいい。
ボスが跳ぶ。
だが、高さが足りない。
着地が低くなる。
エンは大球を少しだけ動かす。
逃げ道が変わる。
ボスが方向を変える。
その先は、わずかな下り坂だった。
「エン」
「はい」
「そこ」
短い指示だった。
エンは頷く。
巨大球を取り出す。
置く位置は決まっていた。
坂の上。
転がれば、下まで止まらない場所。
深く息を吸う。
押す。
巨大球が動く。
重い音。
ボスが気づき、跳ぶ。
だが遅い。
逃げた先が、下り坂だった。
着地と同時に足が滑る。
体勢が崩れる。
「……今!」
巨大球が追いつく。
ぶつかる。
押し込む。
斜面を滑りながら、ボスの体が下へ流れる。
止まらない。
下まで落ちた瞬間、ボスが大きく体勢を崩した。
エンは小球を送る。
脚に当たる。
支えを失い、巨体が倒れた。
地面が揺れる。
静寂が戻る。
しばらく、誰も動かなかった。
エンはゆっくり息を吐く。
「……できましたね」
「うん」
カナは頷く。
「当ててないね」
エンは少し笑った。
確かにそうだった。
当てたのではない。
落としただけだ。
「……やっと分かりました」
「何が?」
「強くするんじゃなくて、場所を作るんですね」
カナは少し考えてから言う。
「エンの戦い方は、ずっとそうだよ」
最初から変わっていない。
ただ、相手が速くなっただけ。
帰り道。
巨大球は静かにマジックバックの中に収まっていた。
強い力だった。
だが今は、怖くなかった。
「次からは、ちゃんと使えそうです」
「うん」
カナは笑った。
「やっと三つとも、役割できたね」
小球、大球、巨大球。
それぞれの意味が、ようやく揃った。
緑層の樹界の出口が見えてくる。
F級ダンジョン三つ目の攻略は、もう目前だった。
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