第3話 転石の洞
新連載です。
10話まで一挙に公開します。
毎日17:30投稿
街の外れ、低い丘のふもとにぽっかりと口を開けた洞窟がある。
――転石の洞。
冒険者になったばかりの者が、最初に足を踏み入れることになるG級ダンジョンだ。
「思ったより普通ですね」
入口の前で、エンは率直な感想を口にした。
もっとこう、不気味な空気とか、禍々しい何かがあるのかと思っていたが、実際にはただの洞窟にしか見えない。
出入りしているのも軽装の冒険者ばかりで、緊張感はあまりなかった。
「G級だからね」
隣でカナが肩に小さな荷袋をかけ直す。
「新人の練習場みたいなもの。危険な魔物もいないし、迷う構造でもない。素材取りに来る職人も多いよ」
腰には小型のハンマーが下げられている。戦うためというより、あくまで護身用だ。
「カナさんも来たことあるんですか?」
「カナ、でいいよ」
「私も何度かあるかな。鉱石とか、殻素材とか。浅いところなら安全だし」
そう言いながら、カナは洞窟の中を一度見渡した。
「ただし、油断すると転ぶ」
「転ぶ?」
「床をよく見てごらん、斜めだから」
言われて足元を見ると、確かにわずかに傾いている。
ほとんど気にならない程度だが、意識すると分かる。
「転石の洞って名前、そこから来てるんだと思う」
「なるほど……」
エンは背負っていた袋を軽く持ち直した。
中にはカナから購入した鉄球が一つ入っている。
均形鍛冶で作られた、あの球だ。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん。無理しないでね」
そう言って、二人はダンジョンの中へ足を踏み入れた。
洞窟の中は思ったより明るかった。
壁に埋まった淡い発光石が、ぼんやりと通路を照らしている。
足場は岩だが滑るほどではなく、ただ緩やかな上下が続いていた。
「……本当に危なくなさそうですね」
「G級だし」
カナは周囲を見ながら歩く。
「でも初戦闘は大体みんな慌てるよ」
「大丈夫ですって」
そう言った直後だった。
前方の岩陰から、小さな影が飛び出してくる。
「うわっ」
灰色の小動物のような魔物――ファングラットが一匹、牙を剥いて突っ込んできた。
エンは慌てて袋から鉄球を取り出す。
表面は鏡のように滑らかで、継ぎ目ひとつない。
ただの鉄の塊なのに、不思議なほど形が整っていた。
(落ち着け、さっきと同じだ)
意識を集中する。
球を掴むように。
鉄球が浮かび上がる。
そのまま前へ――
だが、焦りのせいか軌道がぶれた。
ファングラットの横をかすめ、岩壁に当たって止まってしまう。
「しまった……!」
その隙に、別の個体が横から飛び出してくる。
思ったより速い。
エンが一歩下がった瞬間、カナが前に出た。
「下がって」
短く言い、ハンマーを振るう。鈍い音と共に、飛びかかってきた個体が弾き飛ばされた。
「大丈夫?」
「す、すみません」
「謝らなくていい。初めてで攻撃を当てられる方が珍しいんだから」
カナは落ち着いた声で言う。
その間にも、ファングラットは距離を取って様子を窺っている。
数は三匹。囲まれるほどではないが、油断はできない。
エンは鉄球をもう一度浮かせた。
(落ち着け……焦るから変になるんだ)
どう動かせばいい。
考えた瞬間、
「……止めなきゃいいんじゃない?」
カナがぽつりと言った。
「え?」
「さっき、外で見たとき。ずっと動いてたでしょ」
言われて、はっとする。
そうだ。止めてから当てようとしたから、動きがぎこちなくなった。
エンは鉄球を軽く前へ押し出した。
斜面に触れた球は、そのまま転がり始める。
完全に止めず、意識だけを添える。
速度を少し変える。
方向をわずかにずらす。
鉄球は通路の端をなぞるように進み、そのまま弧を描いて戻ってくる。
ファングラットが飛びかかった。
――ぶつかった。
頭部がつぶれる鈍い音と共に、小さな体が転がる。
「……あ」
止めていない。
球はそのまま動き続ける。
もう一匹が避けようとして、傾斜に足を取られる。そこへ転がってきた鉄球が当たり、壁際へ弾かれた。
最後の一匹は距離を取り、そのまま奥へ逃げていった。
静けさが戻る。
鉄球はゆっくりと速度を落とし、エンの足元で止まった。
「……今の」
エンは思わず呟いた。
「俺、何もしてないんですけど」
「してたでしょ」
カナが答える。
「球を動かしてた」
エンは鉄球を拾い上げる。
確かに、自分で振り回したわけじゃない。ただ転がして、少しだけ方向を変えただけだ。
それなのに。
「……俺が殴る必要、ないのか」
「最初からそういうスキルなんじゃないの?」
カナはあっさり言った。
「球を動かすんでしょ」
その言葉に、エンは少しだけ笑った。
怖さよりも先に、妙な楽しさが込み上げてくる。
「……これ、面白いですね」
「ね」
カナも小さく笑う。
まだ強くはない。派手でもない。
けれど。
このやり方なら、先に進める気がした。
転石の洞の奥へ向かって、二人はもう一度歩き出す。
転がる鉄球が、ゴロン、と小さく音を立てた。
いつもありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、
★★★★★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
本作は毎日更新中です。
明日もお待ちしています。
作者の新作です。
現代日本×ヒーローSF
「魂融合機兵ヴェスパー《HIVE-01》」
蜂型の機兵が侵略者と戦う物語です。
もしよろしければこちらも読んでいただけると嬉しいです。




