第28話 緑層の樹界
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静床の遺跡を攻略してから、数日が経っていた。
ギルドの掲示板の前で、エンは新しい依頼票を見上げている。
「……ここですね」
紙に書かれた名前を読み上げる。
――緑層の樹界。
F級ダンジョンの中でも、少し特殊な場所だと聞いていた。
「高低差が多いって」
カナが言う。
「足場も安定してないらしい」
「洞窟とは違うんですね」
「うん。森みたいな感じ」
エンは少しだけ考えた。
平坦な床だった静床の遺跡とは、正反対だ。
だが、今はむしろ楽しみだった。
巨大球の手応えが、まだ体に残っている。
「行ってみましょう」
「いいよ」
樹界の入口を抜けた瞬間、空気が変わった。
湿った匂い。濃い緑。天井近くまで伸びた木の根が、複雑に絡み合っている。
「……すごいですね」
エンは思わず見上げた。
地面は完全な平地ではない。緩やかな坂や段差が連続している。
ところどころに大きな根が張り出し、自然の階段のようになっていた。
「転がりそうですね」
「うん」
カナも周囲を見回している。
静床の遺跡とは違う意味で、球の動きが読みにくい場所だった。
最初に現れた魔物は、小型の獣型だった。
素早く、低い位置を走る。
エンは小球を動かす。
当たる。
だが、斜面に当たった小球が予想より大きく跳ねた。
「あ」
軌道がずれる。
獣はその隙に距離を取った。
「……難しいですね」
「床が平らじゃない」
カナが言う。
確かにそうだった。
今までなら読めた転がり方が、ここでは変わる。少しの傾きで、球の進む方向がずれる。
大球を出す。
置く。
だが、ゆっくりと転がり始めた。
「……止まらない」
エンは慌てて操作を戻す。
完全に制御できないわけではない。だが、余計な力を使う。
「使いづらいですね」
「うん」
カナの声は落ち着いていた。
さらに奥へ進む。
段差の多い広場に出た。
ここなら、とエンは思った。
「ちょっと試してみます」
巨大球を取り出す。
地面に置いた瞬間、わずかに動いた。
止まる。
だが、完全ではない。
ゆっくりと、坂の方向へ転がろうとする。
「……やっぱり」
エンは少し笑った。
重いほど、動き出したら止まりにくい。
静床の遺跡では、それが強さだった。
「行きます」
巨大球を前に送る。
転がる。
獣型の魔物を弾き飛ばす。
強い。
だが次の瞬間。
斜面に入った巨大球が、予想以上の速度で加速した。
「……速い!」
エンは思わず声を上げる。
操作で止める。止まる。
だが、今までより明らかに制御に力が要った。
静かになる。
「……今の」
「うん」
カナが短く答える。
「速かった」
エンは巨大球を見つめた。
さっきの感覚は、静床の遺跡とは違う。
押していたのではない。
勝手に速くなった。
帰り道。
エンは少しだけ考え込んでいた。
「強いのは、間違いないですね」
「うん」
「でも……」
言葉を探す。
「思った場所に止まらないですね」
カナは頷いた。
「ここ、落ちるから」
それがすべてだった。
平らな床では、止まらないことが強さだった。
だがここでは違う。
止まらないことが、危険になる。
エンは巨大球をマジックバックに戻す。
まだ、分かっていない。
だが確かに――。
静床の遺跡で手に入れた強さは、この場所では少し形を変えていた。
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