第26話 伸びる球
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静床の遺跡に入ってすぐ、エンは大球を出した。
いつもなら小球から始める。だが今日は違った。
「……やってみます」
「うん」
カナは止めなかった。
石人が一体、ゆっくりと近づいてくる。変わらない速度。変わらない重さ。
エンは深く息を吸った。
昨日の感触を思い出す。
強く押したわけじゃない。ただ、前に出す意識を少しだけ強くした。
押す。
転がる。
重い音。
石人に当たる。
――止まらない。
「……!」
石人の足が滑る。
一歩、二歩と後ろへ押される。
いつもならここで止まるはずだった。
だが、大球は減速しない。
石人の体が壁に当たり、ようやく止まった。
静寂が落ちる。
「……今の」
エンが呟く。
「長かったです」
「うん」
カナは球を見ていた。
確かに違う。転がり方が違う。ただの押し出しではない。
床に触れている時間が短いように見えた。
「もう一回」
「はい」
エンは頷く。
同じようにやろうとする。
だが今度は、途中で止まった。
「あれ?」
石人は少しよろめいただけで、踏みとどまる。
さっきほど動かない。
「……できない」
エンは眉をひそめた。
同じつもりだった。だが結果が違う。
数回試したあと、二人は距離を取った。
石人は倒れていないが、危険でもない。無理に続ける必要はなかった。
「……さっき、何が違ったんですかね」
エンが言う。
「分からない」
カナも正直に答える。
ただ一つだけ確かなことがある。
強いときは、球が伸びている。
止まらない。
「回ってるんだと思う」
「でも、どうやって?」
エンは首を傾げる。
自分では何も変えていないつもりだった。
押しただけだ。
「たぶん、押し方」
カナは言った。
「まっすぐじゃないのかも」
エンは大球を見る。
滑らかな金属面が、静かに光を反射している。
見た目は何も変わらない。
だが、さっきの動きは明らかに違った。
帰り道。
エンは少し興奮していた。
「でも、強かったですよね」
「うん」
「今まで押せなかったのに、動きました」
石人を押し切った感触が、まだ手に残っている。
あれができれば、戦いは変わる。
「……できるようになりたいです」
素直な言葉だった。
カナは少しだけ横目でエンを見る。
「うん。でも」
「でも?」
「止まらなくなるかも」
エンは一瞬だけ黙った。
それでも、すぐに笑う。
「それ、強いってことじゃないですか?」
カナは答えなかった。
強いことと、安全なことは違う。
だが今は、まだそこまで言う必要はないと思った。
鍛冶場に戻ったあと。
エンは小球を浮かせながら、何度も動きを試していた。
強く押す。
弱く押す。
だが、さっきの感覚は再現できない。
「……難しいですね」
独り言のように呟く。
それでも、表情は明るかった。
今までできなかったことが、少しだけできた。
理由は分からない。
でも確かに、前に進んでいる。
大球は作業台の上で静かに光っていた。
まだ完全には扱えない力が、そこにあった。
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