第25話 回ってる?
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鍛冶場の朝は早い。
炉に火が入る前の静かな時間、カナは一人で大球の前に立っていた。
作業台の上に置かれた鉄球は、いつも通り滑らかだった。
歪みも傷もない。均形鍛冶としては、これ以上ない出来だ。
――なのに。
カナはしゃがみ込み、表面をじっと見つめる。
光の反射の中に、わずかな擦れ跡があった。
完全な傷ではない。使えば自然につく程度のものだ。
だが、向きが揃っている。
「……おかしい」
本来なら、当たり方はばらけるはずだった。均一な球体なら、接触面も均一になる。
なのに、同じ方向へ流れている。
何かが加わっている。
エンが鍛冶場に入ってきたのは、そのときだった。
「おはようございます」
「おはよう」
カナは視線を球から外さないまま答えた。
「ちょっといい?」
「はい?」
「これ、どうやって動かしてる?」
エンは少し困った顔をする。
「どうって……普通に押してるだけですけど」
「押すとき、ひねってない?」
「ひねる?」
エンは首を傾げた。
そんな意識はない。
「分からないです。たぶん、してないと思います」
「……そっか」
カナは立ち上がった。
まだ確信はない。だが、違和感は消えなかった。
その日も静床の遺跡へ向かった。
石の床は相変わらず平坦で、音がよく響く。
石人が一体、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「試してみて」
カナが言った。
「さっきみたいに、強く」
「強く、ですか?」
「うん」
エンは頷き、大球を前に出す。
いつもより少しだけ意識して押し出す。
重い音。
球が転がる。
石人に当たる。
――押した。
いつもより長く。
石人の足がずれる。
壁際まで後退し、ようやく止まった。
「……まただ」
エンが呟く。
「今、強かったですよね」
「うん」
カナは球の動きを目で追っていた。
止まる直前、わずかに動きが変わった気がした。
ただ転がっているだけじゃない。
滑るように伸びていた。
「エン」
「はい?」
「これ、回ってるかも」
エンはきょとんとした顔をする。
「回ってる?」
「うん」
カナは地面を指差した。
「ただ転がってるんじゃなくて、もっと……回ってる」
うまく説明できない。
だが、均形鍛冶として分かることがある。
表面の摩耗が違う。
接触の仕方が違う。
「……よく分からないですけど」
エンは正直に言った。
ただ強く押しただけだ。特別なことはしていない。
「いいよ」
カナは頷く。
「たぶん、まだ偶然だから」
エンは首を傾げたままだった。
だが、さっきの感触だけは覚えている。
止まらなかった感覚。
押し続けた感触。
いつもより、重さが前に進んでいた。
帰り道。
エンは何度も手を開いたり閉じたりしていた。
「……回ってる、ですか」
「うん」
「でも球って、元から回ってますよね?」
「そうじゃなくて」
カナは少し考えてから言った。
「もっと、同じ方向に」
エンは完全には理解できなかった。
だが一つだけ、はっきりしていることがある。
さっきの一撃は、今までより強かった。
理由は分からない。
でも――。
「できるなら、もう一回やってみたいですね」
エンは少し楽しそうに言った。
カナは小さく頷く。
「うん」
まだ名前もない変化だった。
だが、確かに何かが始まっていた。
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