第14話 はじめての一体
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穿穴の洞に入ると、空気の重さが少しだけ違って感じられた。
奥へ行くつもりはない。今日は浅い層で、今まで試してきた動きを確かめるだけだ。
「無理はしません」
「うん」
カナは短く答える。
言葉にしなくても、考えていることは同じだった。
戦うことより、形を崩さないこと。危なくならないこと。
それがF級で一番大事だと、もう分かっている。
少し進んだところで、岩陰から影が動いた。
「……来ます」
ケイブゴブリンが一体。
棍棒を持ち、こちらを警戒している。すぐには近づかない。距離を測るように、左右へ小さく動く。
エンは小球を浮かせた。
だが、すぐには動かさない。
相手も待っているからだ。
「もう一体、右」
カナが小さく言う。
視線だけを動かすと、確かに岩柱の影にもう一つ気配がある。
挟まれる位置ではない。
だが、放っておけば横に回られる。
エンは袋から大球を取り出し、通路の端に置いた。
それだけで、空間が変わる。
横へ抜ける道が一つ減る。
「……ゴギャ」
ゴブリンが鳴いた。
様子が変わる。前に出るか、下がるか、迷っている。
エンは小球をゆっくりと動かした。
転がすというより、押し出すように。
ゴブリンが一歩引く。
その瞬間、もう一体が横から出ようとする。
だが、大球の位置を見て止まった。
動きが揃わない。
「今」
カナの声。
エンは小球の速度を少しだけ上げた。
ゴブリンは避けようと横へ跳ぶ。
だが逃げた先は、通路の壁際だった。
足場が狭い。
もう一度、小球を戻して送り出す。
今度は避けきれなかった。
鈍い音が響く。
ゴブリンの体が崩れ、動きが止まった。
静寂。
エンはしばらく動けなかった。
「……倒した?」
「うん」
カナが静かに答える。
「倒してる」
残っていたもう一体は、短く鳴き声を上げて奥へ逃げていった。
追わない。
エンは小球をゆっくりと戻し、息を吐いた。
「……初めてですね」
「うん」
カナも頷く。
転石の洞では、倒すこと自体に迷いはなかった。だが今回は違う。
相手が避け、考え、逃げようとしていた。
それでも、形を作って倒した。
「……当てた、って感じじゃないです」
エンは地面を見ながら言う。
「逃げた場所に、いたというか」
「そうだね」
カナは少しだけ笑った。
「相手を動かしたんだと思う」
その言葉に、エンは頷いた。
力で押し切ったわけではない。
ただ、動ける場所を減らしただけだ。
それでも結果は同じだった。
帰り道。
エンは何度も、さっきの動きを思い返していた。
「……なんか、変な感じです」
「何が?」
「嬉しいんですけど」
少し言葉を探す。
「勝った、っていうより……上手くいった、って感じで」
カナは少し考えてから言った。
「それでいいんじゃない?」
エンは小さく笑った。
たぶん、そうなのだろう。
F級の戦いは、きっとこういうものだ。
球を浮かせながら、エンはもう一度だけ振り返る。
穿穴の洞の奥は、相変わらず暗いままだった。
だが、もう怖いとは思わなかった。
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