第107話 出発準備
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C級昇格が決まってから、ギルドの見え方が少しだけ変わった。
特別扱いされるわけではない。
だが、すれ違う冒険者の視線が違う。
声をかけられることも増えた。
「もう出るんだって?」
「次の街か。気をつけろよ」
そんな言葉を何度か受ける。
エンはまだ少し慣れなかった。
「……なんか、不思議ですね」
ギルドを出ながら言う。
「何が?」
カナが振り向く。
「前まで、全然話しかけられなかったのに」
「そりゃC級だからね」
あっさりした返事だった。
「立場が変わったってこと」
ノアも静かに頷く。
「期待されています」
カナの作業場に戻ると、いつもの匂いがした。
鉄と油と、少し焦げた金属の匂い。
ここに集まるのが、いつの間にか当たり前になっていた。
「……ここも、片付けないとだね」
カナが周囲を見回す。
壁際には未使用の素材。
作業台の上には途中まで加工された金属。
この街で過ごした時間が、そのまま残っている。
「全部持っていくんですか?」
「持ってけるもんだけ」
カナは笑う。
「向こう行ったら、また揃えればいいし」
言い方は軽いが、少しだけ名残惜しそうだった。
エンは棚に置かれた球を見た。
小球、大球、そして巨大球。
最初にここで作ってもらった時のことを思い出す。
ただの鉄の球だった。
それが今では、戦いの中心になっている。
「……ここから始まったんですね」
「ん?」
「いえ。なんでもないです」
少し照れくさくなって、視線を逸らす。
ノアは槍を確認していた。
カナが作った予備の短槍が、壁際にまとめて置かれている。
「これ、全部持っていきます」
「もちろん」
カナが頷く。
「どうせすぐ折るんだから」
「……否定できません」
珍しくノアが少しだけ苦笑した。
夕方、買い出しの帰り道。
ギルドの前で、見覚えのある姿が手を上げた。
「よう」
ジンだった。
「準備、進んでるか?」
「まあね」
カナが答える。
「そっちもでしょ」
「ああ」
ジンは頷く。
「ラインエッジも、数日中には出る」
同じだった。
この街では、もう次に進めない。
「次の街でまた会うかもな」
ジンが言う。
「かもしれないね」
エンが答える。
競うような空気はない。
ただ、同じ方向へ進んでいく者同士の距離だった。
「じゃあな」
ジンはそれだけ言って去っていく。
背中を見送りながら、カナが小さく笑う。
「いいライバルできたじゃん」
「……そうですね」
エンも頷いた。
作業場に戻ると、日が沈みかけていた。
窓から入る光が、並べられた球を赤く照らしている。
ここでの時間は、もうすぐ終わる。
だが、不思議と寂しさはなかった。
流れは止まっていない。
ただ、次へ進むだけだ。
「明日で大体終わりかな」
カナが言う。
「はい」
「準備できてます」
ノアも答える。
三人はしばらく、何も言わずに作業場を眺めていた。
G級から始まった冒険。
F級、E級、D級。
気づけば、ここまで来ていた。
そして次は――C級。
新しい街、新しいダンジョン。
新しい流れが、もうすぐ始まる。
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