第412話 リリスの部屋にて7
「さて、ムビ様。貴族になるにあたり、大切なことを決めなければなりません」
「大切なこと?」
「はい。家としての事業です」
「事業、かぁ……」
貴族といえば立派な屋敷、執事やメイド、場合によっては私兵まで抱える。
当然、それらを維持するには収入源が必要となる。
「俺、『Mtube』の収益と『四星の絆』のプロデューサーとしての収入、それから冒険者活動の報酬があるんだけど、それじゃあダメかな?」
「ダメではありませんが、貴族の事業は公共性がある方が好まれます。家の事業が、どう国の発展に寄与しているか、がポイントになります。それに、代々子孫に継承できるかどうかも重要です」
ムビは腕を組んで悩む。
娯楽産業は公共性が薄い。
冒険者活動は公共性がなくもないが、個人の資質に依存するし、家業として継げるかと言われれば微妙だ。
「そこで、私からの提案です。アクアミスリルの油田事業は、ムビ様の私営といたしませんか?」
「えっ、いいの!?」
今回の海洋資源調査の中でも目玉となる最大の発見。
世界でも類を見ない、魔油の五倍のエネルギー効率を持つ超希少資源。
こんなものを所有してしまえば……。
「で、でもさ……さすがに悪いよ。だって、埋蔵量も凄いんだよ? 取り尽くすには何百年もかかるような巨大油田なのに……」
「だから良いのではありませんか。公共性、持続性、収益性、希少性……全てにおいて完璧です。ムビ様のスピード出世は間違いないでしょう」
「いや、俺別に、貴族の出世とか興味ないし……」
手を振るムビに、リリスが笑顔で迫る。
「ムビ様? 貴族の爵位は上から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵です。爵位の審査は非常に厳格です。ムビ様は男爵から始まりますが、通常爵位を一つ上げるのに三代かかると言われています。こうでもしなければ、スピード出世は難しいのですよ?」
「いや、だから俺、出世に興味は……」
「ムビ様?」
リリスの笑顔には、なぜか有無を言わさぬ圧があった。
「これは私の計画の一部なのです。受け取ってください。否———受け取らないと許しません」
「えっ、そんなに!?」
リリスのことだ。
自分には思い至らぬ深淵謀略があるのだろうと、ムビは判断した。
「ありがとう……なら、申し訳ないけどいただくね?」
「ふふふ。気にする必要はありません。元々、ムビ様が発見したものですから」
◆ ◆ ◆
ムビが帰ったあと、部屋にはリリスとリンだけが残った。
「よろしいのですか、リリス様?」
テーブルの茶器を片付けながら、リンが話しかけた。
「もちろんです。ムビ様にはぜひ、私の婿候補になっていただかなければ。公爵が基本ラインですが、侯爵でもギリギリ———」
「そのことではありません」
リンは語気を強め、憂う瞳を向けた。
「第三王子の件です。ムビさんに相談しなくてもよろしいのですか?」
リリスはカップを持ち、紅茶に視線を落とした。
「相談して……どうしろと?」
「彼ならば、何か解決策を見出してくれるかもしれません! リリス様を救ってくださる可能性が———」
しかし、リリスは紅茶を飲み干し、平然と言い放った。
「そのような些事、わざわざムビ様のお耳に入れる必要はありません」
「ですが、このままでは……!」
リンは食い下がるが、リリスは聞き入れようとしない。
「少々豚に懐かれている、ただそれだけの話です。さて、そろそろ仕事に戻らなければ———」
立ち上がろうとした瞬間、リリスはふらりと体のバランスを崩した。
「リリス様!」
リンが駆け寄り、倒れかけたリリスを抱きとめる。
「……あぁ、ありがとう、リン。ふふ、少々寝不足のようですね……」
「もう一週間もお眠りになっていないのでは!? 今日はもう休みましょう! このままでは、お体を壊してしまいます!」
リリスはリンに寄りかかりながらも、一笑に付した。
「大丈夫。今は大事な時期ですから。ここで頑張っておけば、継承争いが優位に———」
「ならばせめて、今夜は別の部屋で寝ましょう! そうすればゆっくり休めるはずです!」
「何を言っているのですか、リン。そんな見え透いた逃げ方をすれば、お兄様の怒りを買うだけです」
肩を借りながら自力で立ち上がったリリスは、リンに微笑んだ。
「なぁに、タダで抱かれて差し上げるものですか。増税をいくつか先送りにしてみせます。……私のことよりも、リン。変な気を起こしてはいけませんよ? お兄様がいる間は、決して部屋に近寄ってはなりません。あなたまで狙われてはたまりませんから」
そう言い残し、リリスは部屋を出て行った。
静まり返った室内で、リンはただ立ち尽くした。
自分の無力さを噛み締めることしかできなかった。




