第411話 リリスの部屋にて6
1週間後。
ムビはリリスの私室を訪れていた。テーブルを挟み、メイドのリンが控える中で向かい合う。
「ごきげんようムビ様。……ふふふ。その様子だと、どうやら上手くいったみたいですね」
「うん。魔油の採掘、2箇所とも完了したよ!」
張り切って報告するムビに、リリスは微笑んだ。
「さすがムビ様ですね。ありがとうございます。これで我が国のエネルギー自給率も大幅に改善します。近日中にも、魔油の国内価格は下落するでしょう」
「ふふふ。家計にも少しは優しくなるかな?」
ムビは嬉しそうに茶菓子を頬張る。
その無邪気さに、リリスは目を細めた。
「ええ、民の負担も軽くなるはずです。……そういえばムビ様。先日お預かりしたこちらですが」
リリスは小瓶を取り出し、テーブルに置く。
中には先日ムビが採取した、液体ミスリルが揺れていた。
「専門家に調査を依頼しました。これは"アクアミスリル"と呼ばれる海底資源です」
「アクアミスリル? 聞いたことないな」
ムビは首を傾げる。
「当然です。幻と呼ばれる超希少資源ですから。海溝の奥深く、マグマ溜まりの熱で結晶構造が崩れ、液体化したミスリルです。実用化した国は未だなく、エネルギー効率は魔油の5倍だそうです」
「5倍!? そんなにすごいの!?」
ムビは思わず身を乗り出した。
「はい。しかも、膨大な埋蔵量です。エネルギー効率的には巨大油田5つ分に相当すると見て良いでしょう。大手柄です、ムビ様」
リリスは満面の笑みを浮かべた。
「そっかぁ、それは良かった。ところでさ、リリス。追加の報告なんだけどさ」
ムビはホログラム上の地図を指差した。
「ここと、それからここにも油層があって。どっちも採掘しておいたよ」
「えっ……もう、採掘まで済んでいるのですか?」
「うん。それから、他にもいっぱい油層を発見した。まだ掘ってないけど」
地図上には新たに10箇所のマークが記され、リリスは唖然として固まった。
「……まったく。わずか2週間の間に。国家規模でも数十年分の成果ですよ?」
「いやぁ、たまたま海にいっぱい転がってたみたいで。ラッキーだったよ♪」
屈託なく笑うムビに、リリスはあえて突っ込まなかった。
「ふふふ。そんな働き者のムビ様には、しっかり報酬を差し上げねばなりませんね」
リリスは紅茶を飲み、一息ついた。
「まずは実用化まで済んだ4箇所の油田です。1箇所につき400億円、計1600億円の報酬です。それから、10箇所の油層の発見。これが1箇所あたり100億円で、計1000億円。合計で2600億円の報酬です」
「2600億円!?……ってことは!?」
震えるムビに、リリスはニコリと笑う。
「ええ。借金、全額返済です。おめでとうございます」
「うわーーーい!! やったぁーーーっ!!」
長い間、頭を悩ませていた莫大な借金。
心の重りが、すっと消えてなくなるのを感じた。
「借金が消えたばかりか、ムビ様の手元には200億円の資産が残ります。社会的にも立派な名士と呼べるでしょう。……そこでムビ様? 私からの提案なのですが」
リリスはじっとムビを見つめた。
「これを機に、貴族になられるつもりはありませんか?」
「えっ……き、貴族!?」
あまりにも身に余る提案に、ムビは慌てふためいた。
「む、無理だよ!? だって俺、休日はゴロゴロ動画見てるだけのド庶民だよ!? とても貴族なんて……!」
「いえいえ。庶民だなんてとんでもない。立派なお屋敷も既にお持ちではありませんか。それに、200億もの資産があれば、爵位授与の基準も十分満たしています」
リリスが熱っぽく語る。
「社会的な地位は、築いておいて損はありません。それに、将来はどうするのですか?」
「ん? 将来って?」
ムビは首を傾げる。
「決まっています。このままでは、『四星の絆』の皆さんとの結婚は難しいですよ?」
「け、結婚!? なななな、何言ってるの!?」
ムビは赤面するが、リリスは涼しい顔で説明した。
「だってそうでしょう?『四星の絆』の4人は、貴族の令嬢。同じ貴族でなければ、結婚はできませんよ?」
「え……貴族って、そんな決まりあるの?」
ムビは目をパチクリさせた。
リリスは紅茶を一口飲み、カチャリとカップを置いた。
「まぁ絶対ではありませんが、通常は当主が許しません。貴族の結婚は、家柄を守るためにも非常に重要ですからね。いいんですか?『四星の絆』を他の誰かに取られても?」
「や……! そういうアレじゃないし! そもそも、結婚なんて考えてないし……」
しどろもどろになるムビを見て、リリスは楽しげに微笑んだ。
「ふふふ。まぁ、将来のことは分かりませんから。ね? 私からのプレゼントだと思って、爵位を受け取ってくださいな」
リリスはムビの手を取って、グイグイ迫る。
「わ、わかったよ! だいぶ自信無いけど……」
「ふふふ。大丈夫、ムビ様ならきっと立派な貴族になれますわ」
そう言って微笑んだあと、リリスは小さく呟いた。
「それに、最低侯爵はないと……私との結婚は許されませんからね……」
「ん? 何か言った?」
「いえいえ、なんでもありませんわ」
首を傾げるムビに、リリスは満面の笑みで返した。




