第408話 リリスの部屋にて3
項垂れるムビを、『四星の絆』とリリスがテーブルを囲んで見守っていた。
王女やアイドルたちも一緒になって、ムビの悩みに頭を抱えている。
「うーん……どうしたものでしょうねぇ」
海底の魔物が強すぎて、鉄製のパイプでは噛み砕かれてしまう。
レベル数百の魔物の攻撃に耐えるには、オリハルコンやアダマンタイト級の鉱物が必要だ。しかし、そんな希少金属を千メートル超えのパイプに使えるはずもない。
重い空気の中、サヨがぽつりと呟いた。
「ムビさん。要は海底から地上へ魔油を運べれば良いのですよね? でしたら……転移魔法はどうでしょうか?」
ムビは勢いよく顔を上げ、目を見開いた。
「転移魔法……その手があったか!」
ルリがおろおろと二人の顔を見比べる。
「え、えっと……どういうこと?」
「つまり、こういうことですわ」
サヨはシャンパンのボトルを手に取りながら説明した。
「この中身を魔油だと考えてください。栓を抜けば自噴しますよね? その注ぎ口全体を転移魔法陣で覆い、転移先の魔法陣を地上に設置するのです。すると、シャンパン……いえ、魔油がそのまま転移されるはずですわ」
ルリは膝を打った。
「なるほど! それならパイプなんて作らなくていいじゃん! サヨちゃん天才!」
「でも問題は魔法陣ですよ。触れた物すべてを転移させる魔法陣なんて、高度すぎて俺でも使えない……」
顎に手を当てるムビに、サヨが微笑む。
「大丈夫ですわ。術式なら、私が教えて差し上げます」
全員が驚いた。
「えっ、サヨさん術式知ってるんですか!?」
「はい。私の魔力では術式の展開は不可能ですが、ムビさんならば可能だと思います」
ムビは一瞬笑顔になったが、しかしすぐに眉を寄せた。
「でも、永続的に魔法陣を展開させ続けなければなりません。さすがに俺の魔力でも一日はもたない気が……」
「確かにそうですわね。ならば、直接触れる魔油から、魔法陣展開に必要な魔力を吸収する術式も組み込みましょう」
ムビは目を見開き、そしてゆっくりと笑みを浮かべた。
「さすがサヨさん! お願いします、ぜひ教えてください!」
「はい。明日、早速お教えしますわ」
そのやり取りを見ていたリリスが、くすりと笑う。
「どうやら問題は解決したようですね。転移先は魔油貯蔵用の地下タンクが良いでしょう。位置情報はムビ様に送っておきます」
「ねぇねぇムビ君、私たちにも何かできることない?」
ユリが身を乗り出す。
「そうですね……海底はものすごく危険な場所なので、俺一人で行きます。しばらくは海底の調査が続くと思うので、皆さんはアイドル活動を復帰してください」
「えぇっ!? そんな、悪いよ!」
「そうですよ! ムビさんにだけ仕事をやらせるわけには……!」
ユリとシノが慌てるが、ムビは笑って首を振る。
「いえいえ、ファンを長く待たせてしまっていますし、そろそろ再開しないと。S級冒険者就任直後ですし、復帰すればきっと大歓迎ですよ。これはプロデューサーとしてのお願いです」
『四星の絆』メンバーはしばらく腕を組んで考える。
「……分かりました。ムビさんには悪いですが、お言葉に甘えます」
「いえ、何も悪くないですよ? 俺も皆さんの復帰をすごく待ち望んでいたんですから。あっ、プロデューサーのタスクはちゃんとやっておきますからね?……それでいいよね、リリス?」
ムビが視線を向けると、リリスは優雅に頷いた。
「もちろんです。元々、そういう契約ですしね。アイドル活動は、自由になさってください」
「……だそうです! ほら、『四星の絆』、復活ですよ! 皆で乾杯しましょう♪」
ムビの音頭に、ユリは手をわなわな震わせた。
「……ありがとう、ムビ君! よっしゃー、『四星の絆』復活だぁー!」
ユリの叫びが響き、そのまま6人は長らく談笑した。
◆ ◆ ◆
「いやぁー、楽しかったぁ!」
「いよいよ始まるって感じですね!」
時刻は午後11時。
ムビと『四星の絆』は笑いながら夜の庭園を歩いていた。
「ねぇねぇ皆! ところでさ、このまま三次会行かない?」
「おぉ、いいねぇ! 久々に全員集まったことだしね♪」
「よっしゃー、朝まで飲むぞー♪」
楽しげに去っていく五人を、リリスは自室の窓から静かに見つめていた。
「リリス様。今日は珍しく遅くまで客人がいらっしゃいましたね」
メイドのリンが片付けを終えて声をかける。
リリスは庭園を眺めながら微笑んだ。
「リン。いいものですね……何でも話せる仲というのは」
リンは驚いたように目を丸くする。
いつもより、主の纏う空気が柔らかい。
「左様でございますか」
「えぇ。今まで誰にも打ち明けられなかった悩みを共有できて、胸が軽くなりました。友達とは、こういうものなのでしょうね。あの方々とは、主従ではなく……友達になりたいものです」
リンはスカートの裾をキュッと握り、静かに頭を下げた。
「では、明日の朝食の際にお呼びします。おやすみなさいませ、リリス様」
「ええ。おやすみなさい、リン」
リンが部屋を出ていく。
リリスは椅子に身を預け、天井を見上げた。
今日は本当に素晴らしい一日だった。
これからが楽しみで仕方ない。
久々に、ぐっすり眠れそうだ。
———コンコン。
そのとき、ドアがノックされた。
リリスはふと、ドアを眺める。
こんな時間に誰だろう?
リンが忘れ物でもしたのだろうか。
そう思いながらドアを開ける。
「はいはい。どうしまし———」
「リリたーん、こんばんはー♪」
ドアの隙間から、第三王子チャゴラスのニヤついた顔が覗いていた。




