第403話 報告会
翌日の昼下がり、ムビは調査の報告をするため、リリスの部屋のテーブルに座っていた。
リリスは仕事で少々遅れるとのこと。
部屋にはリリスの専属メイドのリンが、直立不動で立っていた。
「あ……リンさん、お久しぶりです。元気でしたか……?」
リンとの会話は剣の手合わせをして以来。
あのときは自信満々のリンに、ムビが瞬殺で勝利した。
なんとなく嫌われている気がして、ムビは苦笑しながら挨拶をした。
声をかけられたリンは、不機嫌そうにムビを睨んだ。
「なんですか? 一昨日姫様とお話ししたばかりでしょう? こんな頻繁に何の用ですか?」
ゴミを見るような視線。怒気を込めた声色。
やはり、あまり好かれていないようだ。
「リリス様はあなたと違い、大変お忙しいご身分です。細かいことでいちいち、リリス様の時間を奪わないでください。専属のS級冒険者になったからって、少し調子に乗ってるんじゃないですか?」
リンの説教が始まり、ムビは冷や汗をかいた。
「そもそもS級冒険者とは、王族の従者なのです。ならば従者としての、最低限の振る舞いがあります。それなのに、あなたときたら……なんですか、その服装は? 友達の家じゃないんですよ? それに、そのへらへらした態度。もう少しシャキッとしたらどうなんですか?」
詰め寄られ、あまりの圧にムビは思わず後ずさりする。
「いいですか? あなたはまだ何の役にも立たないド新人なんですよ? ならばせめて、態度だけでも正すのが従者としての務めでしょう? それから言うまでもありませんが———私はあなたの大・先・輩です。これまでは客人扱いでしたが、これからは姫様の従者として、厳しく指導しますからね? 覚悟してください」
そのとき、リリスが部屋に入ってきた。
「お待たせしました、ムビ様。仕事が立て込んでて……ごめんなさい」
「あっ、ううん! 全然大丈夫だよ、リリス———」
リリスに背を向けながら、リンが般若のような顔でムビを睨みつけていた。
「———様。本日はお忙しい中、私のような使いっ走りの新人のために、貴重なお時間をいただき申し訳ありません」
平服するムビに、リリスは首を傾げる。
「どうしたのですか、ムビ様?」
「いえ、従者としてあるべき振る舞いをと思いまして……」
リリスは一瞬リンを見て、呆れたように鼻を鳴らす。
「ムビ様? 私とムビ様の仲ではありませんか。そんなに畏まられたら、かえって寂しいですわ。それに、私にとってムビ様への依頼は最優先事項。どんな些細なことでも、遠慮なくお話しください」
ムビはゆっくりと視線を上げた。
右側には、女神のように微笑むリリス。
左側には、親でも殺されたような顔のリン。
かなり悩んだ末、主の言に従うことにした。
「……ありがとう。それじゃあ早速なんだけど、例の依頼について話したいことがあって……」
「ええ、伺いますわ」
リリスは席に座る。
と同時にリンが動き、テーブルには一瞬で紅茶とお菓子が並べられた。
(はやっ……!?)
誇らしい表情のリンと目が合う。
従者とはかくありき、とでも言いたげな顔だった。
リリスは紅茶を口に含んで一息つく。
「それで、お話というのは?」
「ああ、うん。こんなことで呼んで申し訳ないんだけど……魔油の在り処を特定したから、一応連絡をと思って……ははは、まだ掘り出してもいないのに、時間取らせてごめんね……?」
ムビは申し訳なくて顔を伏せて話したが、リリスからの返答がない。
(あれ……? もしかして下らな過ぎて、怒っちゃったかな……?)
恐る恐る顔を上げると、リリスとリンは目を見開いて固まっていた。
「……ムビ様? その……依頼を出したのは一昨日ですが……もう魔油の在り処を……?」
リリスの右腕はカップを持ったまま宙に浮いていた。
「うん。ここなんだけど……」
ムビがハンドカメラを開くとホログラムが現れ、詳細な海域と油層までの断面図が描かれた。
「じゅ、10キロの地下に……? ムビ様、よく探知が届きましたね……?」
「うん。頑張れば、100キロぐらいは探知できるから。それから、もう一つ気になることがあって……」
ムビが動画を再生すると、海底調査中のムビの視覚が早送りで再現された。
しばらくすると、リンが息を呑んだ。
「こ、この魔物は……!?」
「んー、よく分からないですけど、多分クラーケンかな? だいぶ手強かったですよ」
ホログラムでは、ちょうどムビがクラーケンにトドメを刺すところだった。
「……私も文献でしか見たことがありませんが、クラーケンっぽいですね。まさか、実在したとは……。ムビ様、よく勝てましたね?」
息を呑むリリス。
「いやぁ、リリスに剣を教えてもらったんだから、これくらいできて当然だよ、ははは———」
ムビの笑いが途切れた。
クラーケン以上の殺気が、リンから放たれていた。
(あれ……? なんかまずいこと言ったかな……?)
ムビは慌てて話を続けた。
「で、なんか地面から湧いてる液体を見つけたから、持って来たんだ。これなんだけど……」
ムビはボール状の岩をテーブルに置いた。
上部を割ると、中には輝く液体が入っていた。
「こ、これは……まさか、ミスリル……!?」
「うん、そうみたい。深海8000メートルで自噴してたんだけど……」
リリスは岩のボールを手に取り、まじまじと液体を見つめる。
ボールを持つ手が、微かに震えていた。
「ムビ様……これは、大発見ですよ。ミスリルのエネルギー効率は、魔油の数倍です……。こんなものが流通したら、市場がひっくり返ります……」
「えっ? そうなの……?」
ムビはようやく、自分がとんでもない発見をした事実に気付き始めた。
「ムビ様、この液体をいただいても? 詳しく調査させます」
「あぁ、うん。もちろんだよ」
「ありがとうございます。リン、これを後で運んで」
ボールを手渡されたリンは、液体を見ながら顔面蒼白でカタカタ震えていた。
「ムビ様……本当に、あなたが私の専属冒険者で良かったです。これは、クローディアの国家予算を全て費やしても、到底なし得ない偉業です」
ムビは笑った。
「またまたー、そんなことないって」
リンが睨むのでなんとかお茶を濁したいムビだったが、かえって圧が高まる。
「いえ、絶対に無理です。あぁそうでした、依頼の報酬を……。油層を2ヶ所見つけていただいたので、借金を200億円引いておきますね」
「ほんとー!? ありがとう!」
ムビの顔が輝いた。
これで借金は、残り2200億円。
「今後は、一旦この2ヶ所の油層の実用化を優先してください。よろしくお願いしますね?」
「うん、分かった! 進展があったら、また報告するね!」
喜ぶムビを見て、リンは肩を震わせ、恨めしそうな顔をしていた。




