第398話 リリスの問答2
「え……そんな理由で?」
「はい。借金を返そうなんて国は、世界で唯一、我がクローディア王国のみです」
ムビは苦笑した。
「いやいや、そんなわけないでしょう? さすがに返さなくていい借金なんてあるわけ……」
リリスはおもむろに立ち上がり、本棚に手を伸ばした。
「ムビ様、この資料は見たことありますか?」
開かれたページには、国の歳出予算が円グラフで書かれていた。
「もちろん知ってるよ? 借金返済に、予算の25%が使われているんでしょ? これさえなければと、どれだけ思ったことか……」
「ふふ。確かにこの分を他の予算に回せたら、多くの問題が解決するでしょうね。さて、次の表は、他国の歳出予算です」
開かれたページには、他国の6つの円グラフが並んでいた。
ムビは目を見開いた。
「あれ……!? 借金返済の予算が、どこにもない……!?」
全ての予算が社会保障費、防衛費、交付金などに使われている。
「ね? 言ったでしょう。普通の国は、自国の借金なんて返そうとしないんです。ちなみに、借金の額自体は、どの国もクローディアより上ですよ?」
リリスが開いたページには、他国の借金額。
帝国が図抜けて多く、他の国もクローディアより借金額が多かった。
「でも、歳入予算にはしっかり赤字国債が入ってますよ?」
次の見開きには歳入予算の円グラフ。
どの国も、クローディアと変わらず借金を予算に組み込んでる。
「ズルい! なにこれ、インチキじゃん!?」
リリスは笑った。
「インチキではなくて、これが普通なのです」
「クローディアもやめようよ!? 税金ゼロにできるんじゃない?」
しかし、リリスは首を振った。
「残念ながら、我が国には60年償還ルールというものがあり、60年で必ず赤字国債を返済しなければなりません」
「なんでそんなルールが……!?」
「財政健全化を実現するためです。まぁ、財政健全化なんて普通は占領国ぐらいしか目標にしませんが」
リリスは本を閉じ、座って紅茶を飲む。
「中にはGDP比の借金額を重視する者もいますが、全く無意味な指標です。仮に意味があったとして、財政健全化を進める前のクローディア国は、ただの一度も100%を超えていません。それが年々悪化し、現在では400%。まぁ、当たり前ですよね。GDPが一生上がらないのですから。財政健全化こそが指標悪化の原因だというのに」
皮肉めいた笑みを浮かべながら、リリスはカップを眺めていた。
「ねぇ……リリスが教えてあげた方がいいんじゃない? こんなの、すぐに止めた方が……」
「もちろん、お父様には何度も進言しました。しかし、全く取り合っていただけません」
「ど、どうして?」
「お父様は財務省の言葉を鵜呑みにしています。まぁ、財務大臣は『両面宿儺』の手先なのですが」
ムビは息を呑む。
「え……それ、本当!?」
「はい。恐らくは代々、財務省には相当数の『両面宿儺』の手先が送り込まれています。財政法も『財政健全化を目標にする』の一文が加えられ、省内での評価も、財政健全化を推し進めるほど上がる仕組みになっています。つまり、税金を上げるほど出世するわけです」
リリスの視線がゆっくりとムビへ向く。
「ムビ様。人類史上、最も多くの人間を殺したものは何かご存知ですか?」
ムビはしばし考える。
「やっぱり、魔王軍? それか、帝国軍とか……?」
リリスはニッコリと笑う。
「残念。答えは『消費税』です」
「えっ……? 消費税って、あの……?」
「ええ。わが国で15%に設定されている、あれです。あれはどんな兵器よりも、どんな魔法よりも人を殺します」
リリスからほんの僅かに殺気が漏れる。
「元々1億5000万人の人口を誇った我が国は、消費税が導入されて以降、数百年で人口1500万人にまで減少しました。失われた命、本来生まれるはずだった命は、一体何十億人になることやら……」
口元は笑っているが、目は一切笑っていなかった。
「……どうにかできないのかな?」
「方法はあります。私が、王族内での発言力を強めれば良いのです」
リリスは殺気を抑えるように、紅茶を飲み干し一息ついた。
「15歳を超えた王族は、専属のS級冒険者を持ち、国内の政治に参加できます。そしてその手腕が認められ、国に貢献する成果を挙げれば、より重要な省庁の担当に任命されます。……その成果には、もちろん専属のS級冒険者が挙げたものも含まれます」
リリスの瞳に、ムビへの期待が込められていく。
「財務省は最も重要な省庁。現在、第三王子がその実権を握っています。この実権を奪うため、ムビ様には比類なき成果を挙げていただきたいのです」
「な、なるほど……。そういうわけか……」
聞いたことがある。
王族が持つS級冒険者は、権力争いの道具に使われると。
王族の評価は、王族自身の資質が半分、そしてもう半分はS級冒険者の能力で決まる。
最も成果を挙げ、家臣や民から信頼と評価を得た王族が、次代の王になるのだと。
「私はクローディアの王になります。そして、この国を滅びの運命から救います。まだ何の成果も挙げていない小娘ですが、数年以内に王位争いの筆頭に成り上がって見せます。……協力していただけますね?」
差し出された手を、ムビは掴んだ。
「もちろんだよ。で、何をすればいいの?」
リリスの口角が上がっていく。
「ふふふ……。では、最初の依頼をお伝えしますね?」




