第397話 リリスの問答
「号外、号外! ベルステイン軍敗北! あの英雄ダラスがまさかの戦死!」
街のあちこちで宙を舞う新聞。
道行く人々が立ち止まり、唖然とした表情で新聞を見つめている。
ムビは舞い降りてきた1枚を掴み、記事に目を通した。
(英雄ダラスの戦死、かぁ。ツヴァイは確実に落ちるって言われてたのに……)
記事によると、"帝国の悪魔"が現れ、ベルステイン軍が壊滅したとか。
ベルステインといえば、クローディアの隣国である。
クローディア軍は"帝国の悪魔"が戦場に現れる可能性を考え、軍備を増強し、最大限警戒しているらしい。
(死者4万人、か……。怖いなぁ。戦争なんて、なくなっちゃえばいいのに)
ムビは記事を折りたたみ、王城へ向かった。
今日は第六王女リリスから、S級冒険者として初めて依頼を通達される。
(一体、どんな依頼なんだろう……)
◆ ◆ ◆
王城に着くなり、ムビはリリスの私室に招かれた。
「ムビ様、ようこそ」
笑顔のリリスに出迎えられ、部屋で紅茶とお菓子を囲む。
「早速ですがムビ様。ベルステイン軍敗北のニュースはご存知ですか?」
「もちろん。街中で号外が配られてたよ」
「そうですか。隣国ベルステインの敗北は、我が国にとっては脅威です。ベルステイン戦線が帝国有利に進めば、クローディアへの圧力が増しますからね」
リリスは落ち着き払って紅茶を飲む。
「クローディアは大陸7ヶ国の中で、最弱の国家です。私はこの現状を打開すべく、ムビ様の専属冒険者入りを希望していました。今日ようやく、私の夢の第一歩を踏み出せます」
「ははは、そんな大げさな……」
ムビは冗談っぽく笑うが、リリスは微笑みながらムビをまっすぐ見つめた。
「ムビ様、今この国に必要なものって何だと思いますか?」
「え、なんだろう……」
話の流れからして、明らかに軍事力が答えのような気がする。
しかし、もしそう答えれば、戦場に駆り出されるような気がした。
「お金…とか?」
自信なさげに、恐る恐るリリスの反応を伺う。
「ふふふ、正解です」
適当に答えたムビだったが、何故かリリスのお気に召したようだ。
「クローディア国内には様々な問題があります。帝国との戦争、食料問題、エネルギー問題、高齢化問題、移民問題、社会保障、貧困層の拡大……それら全てを解決するのがお金です。要は、経済成長が国力を高めるのです。ムビ様には、そのお手伝いをしていただきたいと思っています」
「えっ……借金2300億の俺が経済成長とか、無理じゃない?」
ムビは本気で心配したが、リリスは笑い出した。
「あはは、違います。大丈夫です。むしろ、国は借金が多い方が良いのですよ?」
「え……、どういうこと?」
首を傾げるムビ。
「そうですね。ムビ様は、我が国の借金額はご存知ですか?」
「うん。2000兆円だっけ? GDP当たりの借金額が400%で、世界でもワーストだって」
これはリリスから渡された経済の本に書かれていた内容だ。
クローディアは世界一の借金大国で、いつ潰れてもおかしくないのだとか。
「その通りです。ムビ様はこの状況、まずいと思いますか?」
「そりゃそうだよ。だって、借金なんてない方がいいじゃない? 俺なんか、毎日ストレス抱えてて……」
リリスはムビが困り顔をする度に可笑しそうに笑う。
「ふふ、確かに個人や会社にとって、借金は怖いものです。あまりに大き過ぎると破綻しますからね。……ですがもし仮に、この世に魔法の財布があるとします。その財布からは、無限にお金が出てきます。幸運にもムビ様がその財布の持ち主になったとしましょう。借金は怖いですか?」
ムビは少し考える。
「……無限に出るんだよね? そしたら、怖くないかな……」
「なぜです?」
「そりゃだって、その財布から2300億取り出して返せば終わるし……」
リリスは微笑む。
「その通りです。その魔法の財布を実際に持っているのが、国なのです」
「えっ……? そんなのあるの?」
ムビは目を丸くした。
「はい。貨幣発行権があるので。中央銀行に命じれば、無限に発行可能です。国とはそういうものなので、どの国も同じです。円建ての借金である限りは、どれだけ膨れ上がろうと、クローディアが財政破綻する確率はゼロです」
ポカンとするムビ。
リリスは立ち上がり、窓を開ける。
窓際に落ちていた1枚の木の葉を手に取った。
「少し問答をしましょう。貨幣のお勉強です。ムビ様が今日から、『ムビ国』を建国するとします。王として、国を豊かにしなければなりません。さて、まずは何をしますか?」
「えっ、国……? うーん……まずは、お金を作るかも……?」
リリスはニコリと笑う。
「良いですね。お金がなくては、経済を回すことはできませんからね。ムビ様、良い国王になれますよ?」
「へへへ……それほどでも」
「では質問です。このような木の葉を、『ムビ国』の貨幣にすることは可能でしょうか?」
リリスは木の葉をくるくる回した。
「えっと……可能かもしれないけど、やめた方がいいんじゃない?」
「なぜですか?」
「だってそんなことしたら、誰でも森に行けば大金持ちじゃない?」
「その通り。これでは実質、国民全員が貨幣発行権を持っているようなもの。誰も労働する必要がないし、仕組みとして破綻してますね。だから、ムビ様以外の誰も貨幣を発行できないよう、国独自の硬貨や紙幣を発行するのです」
リリスは木の葉を窓の外に放った。
「では、いよいよムビ国の貨幣を発行します。中央銀行がお金を刷って市場に流通させる度に、会計上その額が記録されます。さて、では質問です。その額は、ムビ国の借金と言えるでしょうか?」
「それは言えないんじゃない? だって、自分でお金刷ってるだけで、誰からも借金しているわけじゃないし……」
「正解です。で、この額を巷では『国の借金』と言っているのです。本来、借金でも何でもありません」
「えぇ!? 何それ、どういうこと!?」
目を見開くムビ。
「確かに、会計上"国"が"中央銀行"に対して借金と明記せざるを得ませんからね。しかしこれは、"脳"が"心臓"に対して○○リットルの血液の借りがある、と言っているようなもの。同じ国である以上、何の意味もありません」
リリスは椅子に座り、カップを回しながら皮肉っぽく笑う。
「だからと言って無限に貨幣を発行すれば、木の葉と同じように貨幣の価値がなくなり、物価が無限に上昇してしまう。だから、年間の貨幣発行量の上限が決められています。物価上昇率2%。要するに、経済が2%成長する、と思っていただいて結構です。これが経済成長の仕組みです。よくイノベーションや国民の奮励の働きが経済成長を起こす、などと言われていますが、あれは真っ赤な嘘です。国が貨幣を発行するかどうか……経済成長の要因はこれだけです」
「え、そんな仕組みだったの……?」
ムビは舌を巻いていた。
「そして過去数百年間、物価上昇率が0%になるよう、あえて貨幣を発行せず、緊縮路線を取り続けた、世界で唯一の愚かな国が、我がクローディア王国なのです。結果、世界で最も栄えていた我が国は、世界で最も貧しい国となりました。これが、我が国が抱える最大の問題です」




