第4章 プロローグ3
「な……なんだこれは!? 新型の魔導兵器か!?」
目の前に広がる灼熱の海原。
とても人間の業とは———それも、一個人が放った魔法であるはずがない。
ベルステイン軍総大将ダラスとその側近たちは、丘の上で孤立していた。
丘の下は全方位炎で包まれ、つい十数秒前まで勝勢に酔っていたはずのベルステイン軍数万が、眼下で消し炭になっていく。
大砲も戦車も、全てがドロドロに溶けていく光景は、まさに地獄そのものだった。
燃えているのはベルステイン軍だけではない。
まだ生きていた帝国軍も、巻き添えになっていた。
「み……味方がいるのだぞ!? 奴は狂っているのか!?」
側近たちが恐れ慄く中、ダラスは歯噛みする。
難を逃れた遥か後方の兵士たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。
もはや指揮系統は機能していない。
誰もがベルステイン軍の敗北を悟る中、ダラスは叫んだ。
「て、撤退だ! 速やかに撤退せよ! あれは"帝国の悪魔"、レミリア・ブラッドシュタインだ! 本国に情報を持ち帰り、対策を———」
ダラスの額に浮かぶ大玉の汗。
それはこの灼熱地獄の熱さのせいだけではない。
敗戦の将という汚名を被る焦りからでもない。
ここから一人でも多くの部下を本国に帰さなければという、上官としての責務だった。
あの悪魔に見つかる前に———。
「……おや? どこに行こうというのです?」
地獄には不釣り合いな少女の声に、ダラスたちは固まった。
恐る恐る振り返ると———そこには、口角を吊り上げたレミリアの姿があった。
視界が歪むほどの灼熱の中を悠々と浮かび、ダラスたちを見下ろしている。
「これはこれはダラス中将、久しいですなぁ。私がベルステイン戦線を離れている間に、随分と昇進なされて。いかがでしょう? 再会がてら、もう2階級ほど昇進されるつもりはありませんか?」
側近たちは銃口をレミリアに向けた。
「化物め……!」
「ち……中将! どうしますか!?」
銃口を向けたものの、明らかに側近たちは動揺していた。
50対1。圧倒的な数の有利。
しかし、ベルステイン軍最新の装備が、まるで棒切れのように頼りなく感じられる。
そんな部下の様子を見て、ダラスは一喝した。
「狼狽えるな! わざわざ向こうからおいでなすったのだ! 今こそ、"帝国の悪魔"を討つ好機ではないか!? ここでこの悪魔を倒せば、ベルステインはおろか、同盟国までもが息を吹き返す! 今こそ、我らの武勇を永遠に歴史に刻みつけるのだ!」
銃剣を抜き、戦闘態勢に入ったダラスの体から魔力が迸る。
その圧倒的な魔力に、部下たちは奮い立つ。
「や、やりましょう! 我々の手で"帝国の悪魔"を!」
「ベルステイン軍に輝かしい勝利を!」
臨戦態勢に入る、ベルステイン軍最強の精鋭たち。
しかしレミリアは、腹を抱えて笑った。
「あーっはっはっは! べ、ベルステイン軍に輝かしい勝利だと……!? 貴官らはどうも、己の立場というものがまるで分かっていないらしい!」
「ほざけ小娘! 貴様なぞ———」
威勢良く叫んだ部下の一人はその瞬間、体が縦に真っ二つに裂けて絶命した。
レミリアはいつの間にか、ダラスたち総勢50名の中央に立っていた。
誰一人としてレミリアの動きを捉えた者はなく、奮起したばかりの闘争心は一瞬で揺らいだ。
「良いかな、諸君? 人生最後の教訓として、これだけは覚えて逝くべきだ」
敵兵に囲まれる中、レミリアが説く。
「帝国こそが神の社。帝国軍人こそが神の使徒。帝国に徒なすお前たちには、堕落しきった邪悪な血が流れている。生きることそのものが罪だと、なぜ気付かない?……安心したまえ。私が諸君らを救ってやろう。1分後には、皆全員神の懐に抱かれよう」
ダラスは冷や汗をかきながらも笑った。
「はっ……! 狂信者が! 死ぬのは、お前だ!」
ダラスの合図とともに、精鋭50人が一斉にレミリアに飛び掛かる。
レミリアはあっという間に十数人の首を刎ねるが、その隙にダラスが飛び掛かった。
「死ねっ!」
銃剣の切っ先が魔力を迸らせながら、レミリアの鼻先数センチまで迫る。
かろうじて受けが間に合ったレミリアだが、そのままダラスに押される。
「ほう、さすがは東方の英雄! 8年間、肥え太っただけのことはありますな!」
「がっはっは! ほざけ小娘! ワシのレベルは8000! 貴様ごときに遅れはとらんわ!」
レミリアはふっと笑う。
「ほう……それは素晴らしい。飴玉程度には、我が空腹を満たしてくれましょうな」
「はっはっは! よかろう、喰いきれぬ飴玉があることを教えてやろう!」
———カッ!
ダラスの銃から放たれた巨大な魔力のレーザーは、燃え盛る大地を舐め、地平線の彼方まで焼き尽くした。
まともに食らったレミリアは、姿形も残っていなかった。
「は……はははは! やったぞ! ワシが、"帝国の悪魔"を———」
「ぎゃああああああああっ!!」
背後から湧き上がった断末魔に、ダラスは振り返る。
今まさに、首や胴を切り離され、無残に倒れ行く部下50人の死体。
血の雨が降り注ぐ中、その中心で、レミリアがくすりと笑った。
「どうです? いい夢を見れましたかな?」
渾身の魔法は確かに手応えがあった。
だが、レミリアは傷一つ負った様子はない。
「こ、この……化物がぁーっ!!」
斬りかかるダラス。
渾身の一突きは外れ———代わりに、レミリアの銃剣が腹を貫いていた。
「がはぁっ!?」
血に塗れたレミリアがニヤリと笑う。
「死こそが赦し。おめでとう。神のご加護があらんことを」
体内に魔力を流され、ダラスは全身から火を噴き出した。
「ぎゃああああああああっ!!」
数十秒間のたうち回るダラスを、レミリアは楽しそうに眺めていた。
やがて動かなくなると、レミリアはステータスウォッチを取り出す。
「さぁて、レベルは?……ちっ。これでも上がらないか」
ベルステイン軍総大将を討ったにも関わらず、レミリアは舌打ちする。
魔物と同様、人間の命を奪った場合も、経験値を獲得できる。
数万人を殺し、レベル8000のダラスを討伐してさえ、レミリアのレベルは変わらなかった。
目の前の死体に興味を失ったレミリアは、潰走していく数万の軍勢を見ながらため息をつく。
この軍勢を全滅させたとて、果たしてレベルが上がるかどうか。
「どこかにいないのか? 私のレベルを上げられるような強い存在は」
レミリアは小さくため息をつき、帝国軍本陣に向けて飛び去った。




