第4章 プロローグ2
帝国軍本陣の上空で、ふいに鳴り響いた鐘の音。
天から舞い降りた少女は、帝国軍の装備に身を包んでいた。
肩まで伸びる黄金色の髪が、戦場の錆びた匂いの風に吹かれ、はためいている。
人形のような顔立ちに、ガラス玉のような青い瞳———レミリア・ブラッドシュタインは、眼下に広がる惨状にため息をついた。
「まったく。皇帝陛下も人使いが荒い」
2日間、自前の魔力で空を飛び続け、大陸を横断してきた少女。
こんな渡り鳥のような移動に部下が付いて来れるはずもなく、たった1人の孤独な援軍として、劣勢極まる戦場に馳せ参じた。
ようやく到着して駆けつけ一杯といきたいところに、この惨状なのだから恐れ入る。
とはいえ、味方の士気に与える影響は大きかったようで。
「こ、この鐘の音は……!」
死に体だった帝国軍は、歓声を上げた。
「ブラッドシュタイン大尉だ! あのブラッドシュタイン大尉が来たぞ!!」
ツヴァイ上空に浮かぶレミリアの姿に向かって、帝国軍の全兵士が拳を振り上げる。
かろうじてまだ、軍と呼べる程度の戦力は残っている。
ギリギリ間に合ったというところだろうか。
「ガガッ……こちら本部!……援軍感謝する!」
ツヴァイ防衛線の本部からの無線。
レミリアは淡々と返事をする。
「本部、こちら101A。座標0825、1300に敵影多数。師団級と推定。火力要求。オーバー」
「本部より101Aへ。本国より貴殿の魔法使用許可あり。速やかに敵を殲滅されたし。オーバー」
レミリアはため息をついた。
まぁ、こんな死にかけの軍に反撃の余力などあるわけがない。
火力要求は長旅への当てつけみたいなものだ。
「こちら101A。ではこれより、殲滅魔法を使用する」
「了解。神のご加護を」
レミリアは無線を切り、口角を上げた。
「まったく。私が来て喜ぶとは……余程の死地だったとみえる」
味方ですら震え上がる存在……それが"帝国の悪魔"、レミリア・ブラッドシュタイン。
生きるか死ぬかの戦場ですら、味方が凍り付く。
英雄視されるとすれば———常に、100%の死が確定した戦場のみ。
レミリアは視界一面に広がるベルステイン軍の大勢力を眺めた。
「ははは。私がいない8年間で、豚が随分と肥え太ったようだな」
ふわりと、"帝国の悪魔"がベルステイン軍の制空圏に侵入する。
航空魔導部隊が、その姿に気付く。
「一機、接敵せり! 迎撃せよ!」
「ははは、バカめが! たった一機で何をしに来た!?」
数十のベルステイン軍の航空魔導兵がレミリアに襲い掛かる。
しかし———。
「あはぁ♪」
愉悦の笑みを残像に残し、レミリアは消えた。
「———ぬっ!? どこに消えた!?」
先頭の3機が、周囲を見渡す。
レミリアの速さにまるでついていけていない。
「……ぐああああああああっ!!」
突如、背後から聞こえる味方の絶叫。
振り返った3機は、目の前の光景に凍り付いた。
それは、心底愉快そうに笑うレミリアと———首と胴を切り離され、今まさに落下していく数十の味方の姿。
「東部戦線は随分とヌルいな? 西部なら私の接近に気付いた時点で、10人は自決するぞ?」
「じ、自決だと……!? 何を言って……!?」
「"敵の経験値になる前に自決せよ"。上官から教わらなかったか?」
ズバッ!
一瞬で3人の首が飛んだ。
ほんの数秒で、航空部隊1つが全滅した。
ベルステイン軍の地上部隊は、上空の異変を察知した。
「おい……航空部隊、やられたんじゃないか……!?」
「何者なんだ、あいつは……!?」
丘の上で陣取っていたベルステイン軍総大将、ダラスの怒号が響いた。
「い……いかん! 退けっ! 退くんじゃ!」
側近たちが首を傾げる。
「中将……? どうしたのですか、そんなに慌てて?」
「そうです。聖地はもう目の前なのですよ?」
ダラスは震えながら部下たちを一喝する。
「お前たち、知らんのか!? 忘れもせん……! あの鐘の音は、奴の……! 奴こそが、かの帝国の———」
そのとき。
まばゆい光が、戦場全体を照らし———敵味方問わず、全ての人間がその光景に目を奪われた。
雲の切れ間から光が降り注ぎ、レミリアの体が輝きに包まれていた。
「さて、制空圏はいただいたわけだが……」
眼下に広がる一個師団。
レミリアは唇を舐めると、両手を合わせて目を閉じた。
「ああ……神よ、感謝いたします」
ほんのわずかな祈りの時間。
数秒間———銃声は途絶え、爆発音は止み、断末魔も、行進の足音すらも消え———戦争が止まった。
風も、雲も、太陽も動きを止め———光が、少女の手に収束した。
「Requiem aeternam dona eis, Domine」
一滴の光が雫のように零れ落ち、地面に滴った途端———大地は、地獄の業火に包まれた。
火は風のような速さで燃え広がり、瞬く間に数キロ先まで燃え広がった。
「ぎゃああああああああああっ!!!」
戦場に響き渡る、肉が焼ける音と、数万人の断末魔。
レミリアは一つ吐息を漏らし、耳をすませた。
「あぁ……これだよ、これ。弱火で正解だった。やはり、肉は生焼けに限るな」
まるで交響曲の調べのように、長旅で疲れたレミリアの心は癒された。




