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Aランクパーティをクビになった『動画編集者』がアイドルパーティに加入して無双  作者: 焼屋藻塩
第3章 S級冒険者選抜大会

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第392話 居たはずの誰か

 酒場がムビの出現にどよめいた。


「おい、ムビまで参戦し始めたぞ……どうなってんだ!?」


 ゲーニッツとクルスは震える声でムビに抗議した。


「ひ……卑怯だぞ、ムビ!?『四星の絆』は、もう十分強いだろう!?」


「そ、そうだぞ! エレノアちゃんまでスカウトする必要ないじゃないか!?」


 一方、エレノアは嬉しそうに笑顔が弾ける。


「あーっ、昨日の男の子! 君、ムビって言うんでしょ? 皆から聞いたよ、すっごく強いらしいね!……ふふん♪ 君も、私の勧誘に来たのかな?」


 エレノアが得意気に胸を張る。


「ごめんなさい。勧誘するつもりはないんだけど、エレノアと少しだけ話したくて……」


 ムビは申し訳なさそうに語りかける。

 ゲーニッツとクルスはホッとため息をついたが、エレノアは少し不満そうに眉を寄せた。


「ふーん……。それで、話って何かな?」


 ムビは一呼吸置いて質問した。


「エレノア……ひょっとして、記憶喪失だったりする……?」


 エレノアは目を丸くした。


「あれ、よく知ってるね? そうそう、昔のこと全然覚えてないんだよね~」


 ムビは息が止まった。


「ちなみに、一番古い記憶ってなに……?」


 エレノアは記憶を呼び起こすように、こめかみに指を当てた。


「10日ぐらい前かな? 気づいたら洞窟の中で寝てたんだよね。魔物もいっぱいいたんだけど、自力で洞窟を出て、街を転々としながらここまで流れ着いた感じ?」


「そ、その洞窟ってどこかな!? なんていうダンジョン!?」


「ごめんなさい、適当に歩いて来たから、そこがどこだったかも分からないの。名前はもちろん、もう場所も分からないし……」


 ムビはガクリと項垂れた。


「他に何か、覚えてることある……?」


「う~ん、自分の名前ぐらいしか覚えてないかなぁ~」


 ムビは沈黙した。

 その沈黙を破ったのは、クルスだった。


「なぁ、もういいかなムビさん? 俺たちは今、大事な話をしているんだ。これ以上喋ることがないなら、退いてくれないか?」


 クルスがムビの肩を掴む。

 そのとき、エレノアが目を見開いた。


「えっ」


 ムビが瞳に涙を溜めていた。


「……ごめんね、エレノア。痛かったよね、怖かったよね……。俺が不甲斐ないばっかりに……本当に、ごめん……」


 エレノアは戸惑った。


「ちょ、ちょっと、どうしたの!? あなた大丈夫!?」


 ムビはゴシゴシと涙を拭く。


(エレノアがダンジョンで死んじゃったのは、俺のせいだ……。もう、エレノアに関わるのはやめよう……)


 この2時間、ずっとエレノアの様子を見ていた。

 絶えず人と喋り続け、とても幸せそうだった。


(そういえばエレノアの夢って、外に出てデートすることだったっけ……。こんなに人気者になって、皆にチヤホヤされて……。よかったね、エレノア……)


 まっすぐエレノアを見つめ、くしゃっと笑った。


「ごめん、大丈夫。こっちの話だから……。そうだ、これ、良かったら食べて」


 ムビは立ち上がり、テーブルに箱をそっと置いた。


「Aランク昇格おめでとう。それじゃあ……」


 そのまま背を向け、お代を払い、酒場を出て行った。


 冒険者たちがポカンとする中、ゲーニッツが呟いた。


「なんだあいつ、何がしたかったんだ? 情緒不安定か?」


 冒険者の一人が、興味津々にエレノアに話しかける。


「なぁエレノアちゃん、その箱、何が入ってんだ?」


「えっ? あぁうん、開けてみようか?」


 エレノアが箱に手を伸ばす。


「きっとすげぇもんが入ってんじゃねぇか?」


「あぁ、なんたってS級冒険者のプレゼントだし……」


 パカッ。


 中に入っていたのは、ケーキだった。


「ケ……ケーキ?」


「あぁ、普通のケーキだぜ……」


 エレノアが尋ねる。


「これ、ケーキっていうんだ? 高価なの?」


「エレノアちゃん、ケーキ知らねぇの!? いや、どこにでもある普通のお菓子だぜ?」


 ゲーニッツとクルスが笑い始めた。


「ははは、今日のプレゼントの中で一番安いんじゃないか!?」


「あぁ、そうだろうね! S級ともあろう者が、随分とケチでしみったれてるじゃないかww」


「なぁーんだそうなんだ、ガッカリ」


 エレノアはつまらなさそうな顔で、ケーキの箱を脇に避けた。


「さぁーてエレノアちゃん、本題だ。『暁の契約』に入らないかい?」


「いやいや、『黒曜の盾』に加入してもらうよ?」


 詰め寄るトップ冒険者2人に、エレノアは笑顔を浮かべた。


「えぇ~、どっちにしよっかなぁ~?」


 酒場は再び熱気を取り戻し、エレノアへの勧誘活動は更に2時間続いた。




◆ ◆ ◆




 深夜、エレノアは宿屋の部屋で飛び跳ねていた。


「いやったぁー! 所属パーティ決まったぁー♪」


 結局、『暁の契約』に加入を決めた。

 やはり、クルスのイケメンっぷりと、宝石のプレゼントが決め手だった。


「ふふ……クルスは彼女いないって話だったし、これから楽しみだなぁー♪ さて、と」


 ベッドの上に、持ちきれない程のプレゼントの山が積み上がっていた。

 一つ一つ、中身を確認していく。

 中には手紙が入っているものもあった。


「あはは、嬉しいなぁー♪ 後で読もうっと……ん?」


 ふと手に取ったのは、ムビのケーキの箱。

 開くと、甘い匂いが鼻孔をくすぐった。


「あれ? 安いって話だったけど、意外と美味しそうじゃん♪」


 ちょうど小腹も空いて来た。

 皿に取り分けて、テーブルに置く。


「いっただっきまーす♪」


 フォークで切って、一口。

 脳に衝撃が走った。


(……!? お、美味しいーっ! こんな美味しいの、初めて!)


 夢中で咀嚼し、飲み込む。

 全身が言いようのない幸せに包まれた。


「なによーっ♪ さすがS級冒険者、やるじゃない! いいもの知って……あれ?」


 涙が一筋零れ、頬を伝った。


「えっ……なに、これ……?」


 幸せが全身に染み渡るほど、涙が溢れ出た。

 まるで体が、ずっと求めていたみたいに。


「あはは……私ってひょっとして、ケーキ好きだったのかな?」


 もう一人の自分に問いかけるように、エレノアの声が静かに響いた。

 当然、返答などあるはずもない。

 説明のつかない涙だけが溢れてくる。


 ふと、ケーキの箱を見る。

 彩り豊かなケーキが、まだ5個も残っている。


(……なんだろう? すごく食べたいのに……私には少し、多い気がする……)


 半分を、誰かに食べてもらいたい。

 自然と、そんな気持ちになる。


 そうすれば、もっと美味しくなるはずなのに。


(———大切な何かを忘れている気がする。絶対に忘れちゃいけない、何かがあったような……)


 窓に雨粒が当たる。

 胸のもやもやはまるで雨雲のように広がっていき、夜が更けるにつれ、やがて雨足は強まっていった。

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2025年9月10日、注目度 - 連載中で2位にランクインされました!
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