第391話 エレノア争奪戦
エレノアの記憶障害は、呪文や呪いというより、リスポーンの症状に近い。
つまり、ムビの魔装を探していた最中、どこかのダンジョンで命を落とした可能性が高いということだ。
(エレノアと……話さなきゃ)
ふらつく足取りで、ムビはギルドへ向かった。
◆ ◆ ◆
ロビーには冒険者たちがひしめき合い、ざわめきが渦を巻いていた。
誰もが同じ方向を見つめている。エレノアの登場を待っているのだ。
やがて、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「ようよう、待たせたな皆の衆〜っ♪」
その瞬間、ロビーの空気が爆ぜた。
「きたーっ! エレノア!」
「今日も昇格条件満たしたのか!?」
歓声が飛び交う中、エレノアは得意げに受付へ向かった。
「はい、これ♪」
受付嬢が机に置かれた保存袋を開き、中身を確認する。
「キングトロールの耳3体分、ベヒモスの角2体分、マンティコアの尾5体分……。確かに受理しました。規定により、Aランク昇格です。おめでとうございます」
ロビーが揺れるほどの喝采が起きた。
「すげえぇぇぇ! たった5日でAランクまで昇り詰めやがった!」
「こりゃ天才だ! 大天才だ!」
ギルド中の人間がエレノアの周囲に集まってくる。
人垣の数は昨日よりもさらに増え、恐らく100人を超えている。
「エレノア、うちに入ってくれ!」
「頼む、うちのパーティに!」
エレノアは胸を張り、ひな鳥のように群がる冒険者たちを見渡した。
「はいは~い♪ 勧誘はいつも通り、酒場でね~♪」
「おっしゃー! 今夜は祝いじゃー♪」
100人の群衆は、大騒ぎしながらギルドの外へ出て行った。
ムビは認識阻害付きのフードを被り、静かにその後をついて行った。
◆ ◆ ◆
「それではエレノアちゃんのAランク昇格を祝して、乾杯~!!」
貸し切り状態の酒場は、熱気と酒気でむせ返るほどだった。
エレノアの前には、すぐに長蛇の列ができる。
「エレノア、頼む! ぜひうちのパーティに! これ、プレゼントなんだけどよぉ♪」
高級そうな包みを差し出されるが、エレノアはポイッと投げた。
「んー、気分じゃないかなぁー♪ はい、次の方ー♪」
冒険者たちは次から次へとエレノアを口説きにかかるが、悉く振られる。
それでもなおエレノアに執着しているようで、断られて尚、エレノアの周囲から離れない。
気づけば、プレゼントの山がエレノアの背後に小山のように積み上がっていた。
「はい、次の方ー♪ はい、次ー♪」
エレノアへの行列は、2時間かけてようやく途切れた。
結局、エレノアの勧誘に成功したパーティはゼロだった。
「これで全部かしら? ふぅ……やっとご飯にありつけるわね♪」
エレノアがフォークを持ったそのとき。
1人の大男がエレノアの前に立つ。
「嬢ちゃん、ちょっといいか?」
その場にいた全員が目を剥く。
「こ、『黒曜の盾』のゲーニッツじゃねぇか!?」
エレノアは目を丸くし、周囲の冒険者たちに尋ねる。
「誰? 有名人?」
「有名どころじゃねぇよ! S級選抜大会の本戦出場パーティだ! 文句なしのAランクだ!」
ゲーニッツは豪快に笑った。
「嬢ちゃんすげぇな、たった5日でAランクになったんだって? 嬢ちゃんみてぇな強ぇ奴を探してたんだ。良かったらうちのパーティに来ねぇか?」
差し出された手は分厚く、歴戦の猛者の風格が漂っていた。
エレノアの声が弾む。
「Aランクなんですか!? きゃー、すごーい♪」
「ははは、まぁな! おっと、こいつはお近づきの印だ♪」
テーブルの上に、酒瓶が置かれた。
「こ、こいつはダンジョンで熟成した超超古酒じゃねぇか!?」
「一本数百万は下らねぇぞ!?」
エレノアは目の前の超高級酒に興味津々だった。
「わぁー♪ これ、飲んでもいいですか?」
「あぁ、かまわねぇぜ」
エレノアは酒を器に注いで、一口飲んだ。
「……!? う、うまぁっ……!」
魔力が酒の旨味を何倍にも跳ね上げている。
店内にある全ての酒が、安酒に思えた。
「ははは、うちに来たら、毎日この酒飲ませてやるぜ?」
エレノアがゴクリと喉を鳴らす。
「ほ、ほんとですか? そ、それじゃあぜひ———」
「おっと、ちょっと待ってくれないか?」
香水の匂いを漂わせながら、細身の男が現れた。
「あ、『暁の契約』のクルス!?」
「また本戦出場のAランクパーティかよ!?」
エレノアは目を輝かせた。
「きゃー!? イケメンー!」
クルスは甘いマスクに笑みを浮かべた。
「どうもこんばんは、『暁の契約』のクルスです。勧誘が落ち着くのを待ってたんだけど……エレノアちゃん、うちのパーティに入らないかい?」
クルスはテーブルに箱を置く。
エレノアが箱を開けると、大粒の宝石が入っていた。
「きゃーっ! 素敵ーっ♪」
周囲の冒険者たちはゴクリと喉を鳴らした。
「す、すげ……いくらするんだよ、これ……?」
宝石に見入るエレノアに、クルスは語りかける。
「『暁の契約』はトレジャーハンターでね。うちに入ってくれたら、冒険の度にこれくらいの報酬は用意するよ?」
ゲーニッツはクルスを睨んだ。
「おいおい、『暁の契約』さんよ? 先に声をかけたのはうちだぜ?」
「何を言っているのかな? 彼女はまだ、どこの所属でもないだろう?」
睨み合う2人は、そのままエレノアに自パーティの魅力を語り続けた。
周囲の冒険者たちは息を呑む。
「すげぇ……Aランクパーティが本気で取り合ってるぞ……」
エレノアは頬を押さえ、悩ましげに2人を見比べる。
(どうしよう……やっぱりイケメンのいる方かな……?)
そのとき。
「エレノア、ちょっといいかな?」
3人目が現れた。
フードを深く被り、顔が見えない。
「あ? なんだお前? まだ勧誘してない奴がいたのか?」
「悪いけど、下位ランクのパーティは引っ込んでてくれないかな? 今、うちと『黒曜の盾』で交渉中なんだ」
ゲーニッツとクルスが追い払おうとすると、フードの男が顔を露わにした。
途端に、2人の表情が一変する。
「げっ! お前……ムビ!?」




