第384話 リゼとムビ3
「ほぉーら、どうしたの? こっち見て喋ろうよ?」
リゼがムビの肩を掴んで、膝の上でゆさゆさ動く。
(お、おいおい……! バ、バカ、動くなぁーっ!?)
ムビは離れようとするが、それを見透かしたようにリゼは体重を更に乗せてくる。
「あんた、もしかして照れてんの? あれ? あれれー? 私が裸踊りしても気にしないって言ったのは、どこの誰だったっけ?」
「う、うるさっ……!? いいから離れて!」
どころか、リゼは豊満な胸を押し当ててくる。
あまりの柔らかさにムビは悲鳴を上げそうになった。
「あたしまだ服着てるんですけど? 裸になったらどうなっちゃうのかなぁー?」
リゼはタンクトップをずらして右肩を露出させる。
「……いいから離れろーっ!!」
——ドンッ!
ムビが押すと、リゼの身体がふわりと浮き、ソファに落ちる。
驚いた顔のまま、リゼは不敵に笑った。
「へぇ~っ? あんたがこっち見るまで、絶対に離さないつもりだったんだけどなぁ~? あんた、やっぱり強くなってるね♪」
「……そんなんどうでもいいから、早く服をーっ!」
「はいはい。あーあ、童貞君は冗談が通じないんだからぁ~♪」
リゼはやれやれと首を振りながら、乱れた服を整えた。
ムビはまだ心臓がドキドキしていた。
(これって、サキュバス化の影響だよね?……なるほどなぁ。あのCランクパーティも勘違いしちゃうわけだ)
恐らく、本能的にどうしても男を誘惑してしまうのだろうと、ムビは考察する。
お酒も入っているし、今のリゼは正気ではない可能性が高い。
(何か間違いが起きる前に、帰った方が良さそうだなぁ)
リゼには昔、色々酷い目に遭わされたが、今はそこまで嫌いではない。
あのCランクパーティのように、リゼが正気に戻ったあと、ショックを与えてしまったら忍びない。
ムビはドラゴンのローストをかじり、リゼに言った。
「リゼ、俺、そろそろ帰るね。色々御馳走してくれて、ほんとありがとう」
その言葉を聞いた瞬間、ニヤニヤしていたリゼの顔が、一瞬で曇る。
「えっ……? あっ、ご、ごめんね、ムビ! 冗談だから! 気を悪くしたなら謝るね?」
苦笑しながら慌てて手を振るリゼ。
「いやいや、全然そんなことないよ。むしろ、楽しかった。あっ、そうだ。後片付け、手伝うね」
空いた皿を持って行こうとするムビ。
———ガッ!
その裾を、リゼが掴んだ。
「……ご、ごめんなさい! つい調子に乗っちゃったの! もう調子に乗らないから! お願い、帰らないで……!」
リゼは今にも泣きそうな顔をしていた。
「……リゼ? 大丈夫?」
「え……? も、もちろん大丈夫よ! あはは……」
裾を持つ手が震えている。
明らかに普通の様子じゃない。
「そ、そうだ……! デザートがまだでしょう? とっておきのデザートがあるの! い、一緒に食べない……?」
ムビは数秒間沈黙し、リゼを見つめて言った。
「リゼ。やっぱり、サキュバス化の影響が出てると思う」
図星を突かれたかのように、リゼの肩がビクリと震える。
ムビは皿を置いて、リゼと向き直った。
「あのね、リゼ。今日はリゼを『剛腕巨人』から解放できて、ほんとにホッとした。ご馳走も嬉しかったし、久しぶりにいっぱい話せて楽しかった」
一呼吸置いて、続ける。
「でもさ、リゼは今きっと、サキュバスの本能の部分が出ちゃってると思うんだ。お互いお酒も入ってるし、ここらでお開きにした方が良いと思う」
リゼはすぐに否定する。
「そ、そんなことないっ! 私、正気だもん……!」
ムビはリゼをなだめようと、できるだけ穏やかな口調を努める。
「いや、俺から見ても、やっぱりちょっと様子が変だと思う。それにほら、俺も男だし、万が一何かあったら困るじゃん? リゼに嫌な思いさせたくないんだ。ね、今日はゆっくり休んで———」
「———わ、分かった!」
リゼが手を掲げ、ムビの言葉を制止した。
「分かったから……最後に一つだけ、私の話を聞いて貰えないかな?」
泣きそうなリゼの表情に、ムビは首を縦に振るしかなかった。
「うん、いいよ」
2人とも、ソファに座り直す。
リゼは俯きながら、消えそうな声で言った。
「あのね……実は私、昨日も『剛腕巨人』の奴らと寝ちゃったんだ……」
「えっ、そうなの!?」
ムビは息を呑む。
「うん。あんたと別れた後さ、私のところに来たんだ。『明日の試合、一緒に戦え。そうすれば、間違いなくムビに勝てるから』って。もちろん断ったわ。そしたら、無理矢理……」
サキュバスの飢餓は、理性を奪う。
あのリゼが逆らえないのだから、よほど強烈な衝動なのだろう。
「ま、おかげでさ、今日はギリギリ正気を保てたんだけど……。あんたさ、今、お腹いっぱい?」
「う、うん。リゼにたくさん食べさせてもらったし……」
リゼは力なく笑った。
「そ。良かった。……私はね、頭がおかしくなるくらいお腹空いてるんだ……」
———ぎゅるるるるる。
リゼのお腹が、大きな音を立てて鳴った。
「ふふ……あんたと同じくらい食べたのに。サキュバスって、普通のご飯じゃ全然ダメみたい。人間の男の、アレじゃないと……」




