第383話 ムビとリゼ2
ムビは思わず声を上げた。
「えっ!? さすがにマズくない……!?」
横を歩いていたリゼが、怪訝そうに振り返る。
「マズいって何がよ? 私とあんたの仲じゃない?」
別にムビも、男女の仲とか、そういうことを言いたいわけではなかった。
むしろ、そうならない自信はあるのだが。
「……いや、普段なら別にいいんだけど……リゼ、今サキュバスじゃん……?」
さすがに冒険者をやっている以上、サキュバスがどういう魔物かくらいは知っている。
しかし、リゼは吹き出した。
「あー! あんたそれ、サキュバスハラスメントだからね? もしかして、私に襲ってもらえるとか思ってんの?」
リゼの目が悪戯っぽく細められていく。
「あんた、少し見ないうちに随分自意識過剰になったわね? S級冒険者になったからって調子に乗ってんじゃないの? あーあー、これだから童貞は困るんだよなぁー♪」
「は、はぁ!? ちがっ、そんなんじゃ……!」
リゼがグイと襟を引っ張り、ムビを見上げる。
「私にだって選ぶ権利あるんだからね? いくらサキュバスになったからって、あんたみたいなモヤシ襲ったりしないっての♪……それとも何? 私のこと意識しちゃって家に上がれないのかなぁ? 私のこと、そういう目で見てるんだぁ?」
ムビは口元をヒクつかせた。
「……よーし、上等! 飲みましょ飲みましょ! リゼが裸踊りしたって、これっぽっちも気にならないもんね!」
リゼは満面の笑みを浮かべ、ムビと肩を組んだ。
「そうこなくっちゃ♪ 男女の友情は成り立つって、私とあんたで証明するわよ♪」
「……リゼと友達になった覚えないんだけど?」
「またそういうこと言う! ほら、行った行った♪」
リゼに背を押されながら最上階に向かう。
「散らかってるけどどうぞー♪」
ドアの向こうは、ピカピカの大理石でできた玄関。
とてもマンションとは思えない造りだ。
「……いい家住んでるなー」
「屋敷住みのムビ様と比べたら大したことないわよ」
ムビが靴を脱いで廊下を進むと、リゼは後ろ手に玄関のドアを閉め、カチャリと鍵をかけた。
◆ ◆ ◆
「あはは、でさー♪」
ソファに隣り合って座るリゼが笑った。
目の前のテーブルには、豪勢なつまみとワインが並んでいる。
リゼの家に上がり込んで、2時間が経過していた。
上機嫌なリゼの話を聞きながら、ムビは改めて部屋を見渡す。
最上階を丸ごと独占という、規格外のマンションの一室。
軽く案内してもらったが、白を基調としたリビング、キッチンに、寝室が3つ、仕事部屋1つ、書斎が1つ、魔力工房の部屋が1つ……他にも紹介されていない部屋がいくつもあった。
散らかっていると言いながら、どの部屋もチリ一つ落ちていない。
王都の夜景が一望でき、広いベランダにはプールまで設置されている。
まさに、一握りの成功者の住まい。
家賃は月々500万円とか。
やはり冒険者は夢があるな、とムビは思う。
もっとも借金2600億のムビにとって、冒険者ドリームを掴むなど、それこそ夢のまた夢なのだが。
「ほーら、飲め飲めー♪」
一本数百万円のワインを、ピッチャーのお冷やばりに注いでくる。
ワインセラーにはまだまだ無数のワインが並んでいた。
「あるものしかないけど」と言ってテーブルに並べられたのは、飛竜種のローストに、魔鯛の刺身、ゴールドシュリンプのむき身、魔法の森の奥地で採れる高級野菜のチーズフォンデュ。
その辺りの高級レストランよりも美味い。
「リゼ、普段からこんなの食べてるの?」
「当たり前でしょうー? 私を誰だと思ってるのよ♪」
ワインを注ぎながらリゼが笑う。
リゼの朝食は一体どれだけ豪勢なのだろうかと、ムビは一瞬想像した。
「あーあ、なんだか熱くなってきちゃったなぁー!ちょっと着替えてくるわ♪」
リゼは私室へ向かった。
しばらく待っていると、白のタンクトップに短パン姿で現れた。
「お待たせー♪」
ムビの隣に勢いよく飛び込む。
胸の谷間や太ももの露出度が異様に高く、ムビは目のやり場に困った。
「でさー? あんた結局、『四星の絆』の女子とはどうなのよ?」
ワインを飲みながら、リゼがムビに問いかける。
「え? いや、普通に仲良くしてるけど?」
「そうじゃなくてさぁ……」
リゼは声をひそめ、ムビの耳元で囁いた。
「……何人喰ったかって聞いてんのよ♪」
ムビは飛び退き、顔を赤くする。
「そ、そんなことするわけないじゃん!?」
「あはは、だよねー♪ あんた、まじの童貞っぽいし♪」
「わ、分かんないじゃんそんなの……」
精一杯の強がりに、リゼは余裕たっぷりに目を細める。
「へぇー? サキュバスの前でそんなこと言うんだ? どれどれ」
リゼはムビの膝の上に乗る。
「ちょ、何やって……!?」
リゼはうなじに顔を近づけ、匂いを嗅ぎ始める。
「スンスン。スンスン。……なぁーんだ、あんたやっぱり童貞じゃん?」
「は、はぁ!? 何を根拠に……」
リゼはぺろりと唇を舐める。
「言ったでしょ? サキュバスはそういうの、匂いで分かっちゃうんだぁ。あんた、すごーく童貞くさいよ?」
リゼの煽り顔。
憤慨したムビは何か言い返そうとしたが、露出度の高い胸元が嫌でも目に入り、思わず顔を背けた。
「あれー? どこ見てるのかなぁ? 私の顔はこっちよ? 喋るときは、人の目を見て話しなさいよ?」
視界の端で、リゼがニヤニヤ笑っているような気がする。
なんだか全て見透かされているような気がして、癪に触った。




