第382話 ムビとリゼ
試合に勝利したムビが控室の扉を開けた瞬間、乾いた破裂音が響いた。
「お疲れ~、ムビ♪」
クラッカーの煙の向こうで、リゼが満面の笑みを浮かべていた。
ムビは思わず目を瞬かせる。
「リ、リゼ!? なんでここに?」
「試合が終わってすぐ飛んできたのよ♪ いいじゃない、元仲間なんだし?」
リゼはムビの背中をバシバシ叩きながら、テンション高くまくし立てる。
「あんた、とんでもない強さじゃない! 気絶したあいつらのマヌケ面、見た!? いやぁ~、スカッとしたわぁ~♪」
ムビはその勢いに押され気味だ。
「ど、どうも……。でもさ、どうしたのリゼ? あんな奴ら、リゼなら余裕で勝てるでしょ?」
「それがね、色々と事情があるのよ。まあ、ここじゃなんだわ。場所を変えるわよ、ムビ♪ あんたにも色々お礼しなくちゃいけないしね♪」
「あ、ちょっと……!」
リゼはムビの手をつかむと、そのまま会場の外へ引っ張り出した。
◆ ◆ ◆
連れてこられたのは、湖畔に佇む高級レストランだった。
個室の窓からは、静かな湖と深い森が広がり、まるで絵画のような景色が一望できる。
「連れてきてもらってなんだけど……試合後に来る店じゃないよね?」
どう見てもデートスポットだ。
「昨日から予約してたの♪ あんたならどうせ楽勝でしょ?」
「まあ、実際そうなったけどさ」
5秒での決着は史上最速らしい。世界記録として認定されるとか。
「それにしても、相変わらずよく知ってるね、こういう店……」
「ふふん、当然でしょ? さ、私の奢りだから遠慮しないで食べなさい♪」
運ばれてくる料理はどれも絶品で、景色と相まって贅沢な時間が流れる。
ムビは前菜を切りながら尋ねた。
「ところでリゼ、何があったの? Cランクパーティ相手にやけに大人しかったし、様子が変だったけど?」
スパークリングを口に運びながら、リゼは肩をすくめる。
「あんたにはまだ言ってなかったわね。私、サキュバスに転生させられたの」
「……サキュバス?」
ムビは目を丸くした。魔物に転生したことには気付いていたが、まさかサキュバスとは。
「ほんっと難儀よ、この体。すぐお腹すくし、飢餓状態になると全然男に逆らえなくなるんだから。そのせいで、あいつらの言いなりになってたってわけ」
リゼは苦い記憶を流し込むように、グラスを一気に飲み干した。
「でも、あんたのおかげで助かったわ。よく分からないけど、あんたが現れた途端、あいつらに逆らえたの。より強い男に従属するのがサキュバスの本能なのかもね」
「なるほど……それは大変な体質だね。せっかくギアスから解放されたのに……」
ムビが心配そうにすると、リゼは笑って首を振った。
「なぁーに言ってるのよ。ギアスに比べたら全然マシ! ほんっと地獄だったんだから!」
そこからリゼは、奴隷ギアスでどんな目に遭っていたかを語り始め、ムビは顔を真っ赤にする。
「ひ、酷すぎる……」
「でしょー? こんなにお腹空く体質なのに、一度も空腹にならなかったんだから」
リゼはボトルを傾けながら、ふっと柔らかく微笑んだ。
「あんたには助けられてばかりね。ほんとありがとう。私にできることなら何でもお礼するけど、何がいい?」
髪をなびかせ、テーブルに身を乗り出すリゼ。
上を向いて考えるムビは、その瞳の輝きに気付かなかった。
「うーん……じゃあさ。今度リリスからの依頼を受けるんだけど、もし力がいるときは手伝ってくれない?」
「第六王女の依頼!? 何よそれ、気になる!」
料理をつつきながら、2人の会話は尽きない。
リゼは会話を禁じられていた反動か、いつも以上に楽しそうに喋っていた。
気付けば、湖面に夕日が映えていた。
「うわっ、すっごい綺麗!」
「ふふ、この湖の名物よ。私も初めて見るわ」
真っ赤な夕日が山の向こうへ沈んでいく。
落ち切ったあとも、空には淡い茜色が残っていた。
「ちぇー。山がなければもうちょっと見れるのに」
「そうね。私も、もう少し見たかったなぁ」
リゼは立ち上がり、手を叩く。
「さーて、2件目行くわよ、ムビ?」
「えっ、もう1件!? もう十分美味しい料理食べさせてもらったし」
「何言ってんのよ? 全然お礼し足りないっての! 今日はとことん付き合いなさいよ?」
2人は王都の中心部へ向かった。
通常なら1時間以上かかる距離だが、飛行魔法で数分だ。
「さっ、行くわよムビー♪」
「ちょちょ、引っ張るなって!」
リゼに腕を引っ張られながら入店するムビ。
しかし、お店は満員だった。
「ありゃ? 珍しいなぁー、今日はこんなに混んでるんだ」
よく見ると、店の客の多くがムビのグッズを持っている。
「どうも、今日の決闘を見に来た客が街で飲み歩いてるみたいね」
リゼは他の店に電話するが、次々に断られる。
「もうーっ! ここもダメなのーっ!?」
「うーん、王都の市街地は全滅かもね」
リゼはしばらく黙って考える。
「……仕方ないわね。アテはあるわ。ついて来なさい、ムビ?」
歩くこと数分。
2人は高級マンションの前で立ち止まった。
「……? ここ、マンションじゃない?」
「そうよ。私の家よ」




