第380話 元仲間
ムビは、無抵抗のままセクハラを受け入れているリゼを呆然と見つめていた。
(まぁ、リゼがそういう趣味なら別にいいんだけど……顔が完全に嫌がってるしなぁ。……もしかして、またギアスでもかけられてる?)
首元を凝視する。
しかし、奴隷ギアスの痕はどこにも浮かんでいない。
(……そんなわけないか。でも様子がおかしいし、一応声かけとくか)
ムビは席を立ち、冒険者たちの間をすり抜けて『剛腕巨人』のテーブルの前に立った。
「あ、あの……嫌がってるみたいだし、やめてあげた方が……」
酒場が一瞬で静まり返る。
笑顔だった『剛腕巨人』の男が、氷のような表情に変わった。
「あ? なんだテメェ」
周囲の冒険者たちからも冷たい視線が突き刺さる。
「空気読め」「余計なこと言うな」とでも言いたげだ。
「嫌がってるだと? バカか? 見りゃ分かんだろ、仲間同士のスキンシップだろうが。なぁ、リゼ?」
男はニヤつきながらリゼの体を抱き寄せる。
セクハラは更に激しさを増し、リゼはビクリと肩を震わせる。
「でも、人前でやることじゃ……」
「しつけぇぞ?」
ドガァッ!
男が机を蹴り飛ばした。
空気が一気に緊迫し、男がゆっくりと立ち上がる。
「文句あんのか? 王都ランク10位のトップパーティ、『剛腕巨人』の俺たちに?」
肩で風を切りながらムビに迫る。
だがムビは、戸惑いながらも言葉を返した。
「ご、ごめんなさい。でも……リゼの顔、嫌がってますよ? 仲間なら、大事にしてあげた方が……」
———バシャァッ!
ビールジョッキがムビの頭上でひっくり返された。
「余計なお世話だ。これが強者の振る舞いってやつだ。覚えとけ、小僧。強い奴はな、何したって許されるんだよ」
ムビは全身ビールまみれになった。
(う……うわわ! 買ったばかりのフードが!?)
思わずフードを脱いだ。
その瞬間、男の表情が豹変する。
「お、お前……!?」
酒場がざわめいた。
「お、おい……あいつ、ムビじゃねぇか!?」
「間違いねぇ! S級選抜大会の優勝者、『四星の絆』のムビだ!」
ガラッと変わる空気。
ムビは顔を拭きながら、困惑気味に周囲を見渡す。
(えっ……急にどうしたの?……あっ、そっか。フードで俺の顔、分からなかったのか)
リゼが目を見開き、ムビに向かって叫んだ。
「た、助けてムビ! 私、無理やりパーティに入れられたの!」
男がため息をつく。
「おいおい、何言ってんだリゼ? 一緒にギルド行って正式登録しただろ?」
「だから言ってるでしょ!? あの時、私、意識がなかったの!」
「またそれかよ。普通に歩いてたし、ハンコも自分で押してたぞ?」
「だからそれは……私じゃない私っていうか……!」
リゼは言葉に詰まる。
“サキュバスの本能”で意識を失っていたなど言えるはずがない。
そんなことを言えば、たちまち魔物への転生が発覚してしまう。
言い争う2人に、ムビが口を挟む。
「リゼ……ほんとに自分の意志じゃなかったの?」
「そうよ! 信じてよ、ムビ!」
男が大笑いする。
「ははは! もう遅ぇよ! 一度ハンコ押したら正式メンバーだ! 脱退には過半数の承認が必要! 俺たちは絶対認めねぇ!」
「ヒョヒョヒョ! ベッドでもイヤイヤ言いながら結局甘えてきたでしょうww」
リゼは歯噛みしたが、何も言い返せなかった。
しかし、ムビが代弁するように口を開いた。
「まぁまぁ。本人が嫌がってるんですし、一度ちゃんと話し合った方が……」
「おいおいムビさんよ、いくらS級冒険者だからって、他所のパーティの事情に首を突っ込むのは野暮ってもんだろ?」
男は鼻で笑う。
(おいおい……ビールかけておいて、今更他所事は無理だろ!?)
ムビは段々イライラしてきた。
「仲間って契約で縛るものじゃないですよ? 特にリゼは、『白銀の獅子』でギアスの束縛に苦しんだんです。リゼを仲間だと思うなら、その辺はケアした方が……」
「ははは、何を青臭いことを。決まり事を守ってこそ、本当の信頼関係が生まれるんだ。一度交わした契約は、遵守してもらわなければ困る。冒険者として生きていくなら、それくらい当然だろう?」
「確かに契約は大事ですが、それだけでは本当の仲間とは言えません。リゼは元仲間です。困っているかどうかくらいは分かります。せめてもう一回、ちゃんと話し合ってみても……」
その言葉に、リゼは心が熱くなった。
"仲間"———。
元、が付くとはいえ、"仲間"———。
その瞬間、リゼの体が軽くなる。
(……あれ? なんだか、自由に動けそう?)
『剛腕巨人』に向けられていたサキュバスの本能が、ムビに向けられていた。
(……あは、そっか。サキュバスの本能的にも、あんたの方が魅力的ってわけね)
リゼはすっと立ち上がると、まっすぐムビに歩み寄った。
「……!? お、おい……リゼ……!?」
困惑する男の横を通り過ぎ、ムビの肩をポンと叩いた。
「ふふ、あんたも分かってるじゃない♪」
———むぎゅっ。
そのままムビの腕に抱き着く。
その場にいた全員がぎょっとしていた。
リゼの顔には、いつもの強気な笑みが浮かんでいた。
「そういうわけ!『剛腕巨人』? はっ、そんなクソパーティに入るくらいなら、ムビとパーティ組んだほうが100億倍マシだってーの♪」
『剛腕巨人』の全員が、リゼの突然の心変わりに仰天する。
抱き着かれたムビは慌てふためいていた。
「ちょっ、離れろってリゼ! パーティなんて組むわけないだろ!?」
「はぁー? 私がこんなクソパーティに入って可哀想とか思わないわけ? 少しは検討しなさいよー?」
ムビはリゼを引き剥がそうとするが、全然離れない。
イチャつく2人を見て、『剛腕巨人』全員の嫉妬心が燃え上がった。
「お、お前ら! 何度も言うが、俺たちはリゼとパーティ契約を結んでて……」
しかし、男の熱弁とは対照的に、リゼはゴミを見るような冷たい視線を送った。
「はぁ、なによ? 一回寝たぐらいで調子乗ってんじゃないわよ、キモオヤジ?」
男は目を見開いたまま言葉に詰まる。
周囲から、くすくすと笑い声が聞こえる。
次の瞬間、男は顔を真っ赤にした。
「……くそがぁ! いいだろう! そこまで言うなら———」
ムビを指差し、怒鳴った。
「俺たちと《決闘》しろ、ムビ!」




