第376話 リゼのその後2
<side:リゼ>
———うず。
その日は、昨日までとは何かが違っていた。
体の奥が、異様に疼く。
……何よ、これ?
経験したことのない感覚。
お腹が減ったような、喉が渇いたような……。
空腹なのかしら?
しょうがない、ご飯食べるか。
今日もコーヒーの香るキッチンで、素敵なモーニング。
しかし、食べ終わっても疼きは収まらなかった。
なんだか頭がボーっとして、テレビの内容もイマイチ頭に入ってこない。
風邪でも引いたかしら?
本来なら病院に行くところだが、今の私は人間ではない。
魔物に転生した身で検査など受ければ、正体が露見する危険がある。
———仕方ない、今日は大人しく休むか……。
私はベッドの中に入り、目をつぶった。
しかし、布団の中にいると、異様にムラムラする。
……ちょっと、どうなってるのよ今日!?
顔が火照り、呼吸が荒くなる。
仕方ない、ちょっとだけ……。
もぞもぞと布団の中で動く。
「んっ」
吐息が漏れ、体がビクリと震える。
しかし、一向に火照りが収まらない。
むしろ、どんどん酷くなっていく。
結局、午前中が終わってしまった。
……さすがにおかしい。
このままじゃダメだ……。
私は沼のような布団から抜け出し、ギルドの資料室へ向かった。
道中、道行く男たちが私を振り返る。
いつもなら歯牙にもかけない、冴えないブ男共。
———なのに、今日はやたら美味しそうに見える。
見られるだけで、頭がくらくらする。
……絶対おかしい。
こんなの、私じゃない……。
ギルドに着いた私は、扉を開けた瞬間、注目を浴びる。
「おぉーっ! リゼじゃねぇーか!」
「『白銀の獅子』抜けたんだろ!? 次はどこ行くんだ!?」
「今フリーなんだろ!?『剛腕巨人』に来ねぇか!? うちは王都で10指に入るパーティだぜ!?」
数十人の男たちに囲まれ、勧誘の嵐を受ける。
体がぞわりと震えた。
が、流石に怒りの方が遥かに勝った。
「はぁ? あんたたち、鏡って知ってる?」
私の冷たい声色に、男たちの笑顔が引き攣っていく。
先のS級選抜大会の予選で、王都のBランク以上のパーティはほとんどが死んでしまった。
つまり、ここに雁首並べてるモブ共は、レベル40にも満たないCランク以下のザコだ。
長年A~Bランクの爪の垢を煎じていた奴らが、自分たちがギルドの主役になった途端、我が物顔でイキり散らかしているのだから始末に負えない。
「どいつもこいつもオーラゼロ。冴えないツラで話しかけてんじゃないわよ? ザコが伝染ったらどうすんのよ?」
私に視線を向けられるだけで、約半分は蛇に睨まれた蛙のように竦み上がった。
「まぁそう言うなってリゼ~♪」
それでも約半分は、懲りずに話しかけてくる。
どいつもこいつもガチムチの中年オヤジ。
一生を費やしてなお、Cランクの壁すら突破できなかったド凡人。
このレベル帯でくすぶる奴は、大体2パターンに分類できる。
Aパターンは、腕力ばかりで頭がからっきしなゴリラ。
Bパターンは、小手先ばかりの偏屈野郎。
こいつらは全員Aパターンのようだ。
「キモいからついてくんな。死ねっ」
私はAパターン共を無視し、2階の資料室に入った。
大部屋の中に、所狭しと本が並べられている。
(さて、魔物の文献は、と……)
棚に並ぶ本を片っ端から読み漁り、ようやく目的の文献を見つけた。
(あった! サキュバスの文献!)
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≪サキュバス≫
人間の女性と変わらぬ見た目の魔物。
生まれつきの美貌で男性を誘惑し、精液を吸い取る。
基本的には人間と共生関係にある魔物だが、情動が極めて強く、満たされない状態が続くと独特の疼きに苛まれ、正気を失う。
この状態のサキュバスは、本能的に自身の生存よりも情動を優先する。
魔王軍では正気を失ったサキュバスを戦場に解き放ち、戦士を襲わせていたという記録もある。
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血の気が引いた。
え? サキュバスってそんなにヤバい魔物なの……?
今朝からの疼きって、ひょっとしてサキュバスの禁断症状……?
さらに文献を読み進めていく。
……ちょっと待って。
戦場で手足を斬られながら男性とまぐわったって……。
嘘でしょう?
震える手で本を閉じた。
はは……さすがに大袈裟よね?
私、生粋のサキュバスじゃないもん。
心は人間だもん。
いくら何でも、こんなことには……。
「よ~う、リゼ? 調べ物は順調かぁ?」
テーブルの対面に、モブがドカリと座った。
さきほどの『剛腕巨人』のメンバーだ。
「なぁ? 改めて、俺たちのパーティに入らねぇか? さっきも言ったが、俺たちはランキングトップ10入りの上り調子で———」
臭い口から漏れる、聞くに耐えない戯言。
それなのに、目の前の男から目が離せない。
まるで砂漠でキンキンに冷えた水を差し出されたような気分。
「———な? お前も、どうせなら俺たちみたいなエリートがいいだろう? 本当は非力な魔法職がソロで、心細いんだろう? 俺たちがちゃ~んと守ってやるぜ?」
私は、こんなドブ以下のセリフを聞いて火照り始める自分に、鳥肌が立った。
「———って」
「あ? なに? 聞こえない」
私は叫んだ。
「出てって! 私は今、調べ物で忙しいの! その汚いツラ、二度と見せないでっ!」
紛うことなき本心。
しかし、私は子鹿のように震えていた。
対して男は余裕たっぷりに、ゆっくりと立ち上がった。
「へぇ~。ツンツンしてる顔も可愛いじゃん♪」
殺意と悦びが同時に全身を駆け抜け、私は頭がおかしくなりそうだった。




