第375話 リゼのその後
<side:リゼ>
『白銀の獅子』の内情を記者会見で暴露した翌日。
私は、久しぶりに胸の奥まで空気が通るような、軽やかな気分で目を覚ました。
「あーっ! さいっこうー!!」
ベッドの上で足をバタつかせる。
こんなふうに、誰にも命令されず、好きなだけ寝て、好きなだけ伸びをする朝が戻ってくるなんて。
ギアスに縛られていた日々を思えば、これだけで涙が出るほど幸せだ。
キッチンに立つと、淹れたてのコーヒーの香りがふわりと広がる。
鼻歌まじりにトーストを焼き、ベーコンと目玉焼きをフライパンでひっくり返す。
ただの朝食なのに、自由の香りがする。
「……んんーーーっ♪ 美味しいーっ!」
ベーコンを頬張った瞬間、肉の香ばしさが口いっぱいに広がり、幸福と共に噛み締める。
空腹を満たしながら、コーヒーを片手にテレビを見る。
昨日の私の暴露が相当な衝撃だったようで、どのチャンネルも話題はそれ一色だった。
困り果てたゼルの顔が映るたび、私はニヤニヤが止まらない。
ほんっとにざまぁ。
ゼルのやつ、今頃どこで何をしてるのかしら?
さっさと捕まってしまえばいいのに。
この件に関しては、私は一方的な被害者。
記者会見でもそれはしっかり説明したし、世間もそういう目で見てくれている。
ただ、私にも一抹の不安があった。
それは、"魔物に転生した事実"を伏せてしまったこと。
魔物への転生は重罪。
不可抗力とはいえ、明るみに出れば監視や拘束は免れない。
だからマリーと相談し、黙っておくことにした。
幸い、私が転生させられた魔物はサキュバス。
羽が生えている以外、見た目は人間と何ら変わらない。
羽も自分の意志で隠せるし、黙っておけばバレはしないだろう。
ともかく、そんな一抹の不安はあるものの、これまでの不自由と比べれば遥かに幸せだ。
私は食器を片付け、ソファに寝転びながら、今後の明るい未来を思ってため息をついた。
これから何をしよう?
ワクワクが止まらない。
久しぶりにショッピングに行くか?
それともスイーツ巡り?
ネイルやオイルマッサージも捨てがたい。
しかし、自由を手にした今———どうしてもやりたいことがある。
プルル……
気づけば、ムビに電話をかけていた。
まずは、あいつにお礼しなくちゃね。
私みたいにキュートでグラマラスな美少女からの直電なんて、あのもやしっ子には過ぎた幸運ね。
まぁ、助けてもらったわけだし、ちょっとぐらいは喜ばせてやるか。
しかし、どれだけ待ってもムビは電話に出なかった。
……あいつ、何やってんのよ?
ひょっとして寝てんのかしら?
何度かけ直してもムビは電話に出ない。
「はぁーっ、まったくしょうがないわね」
私は外出の準備をする。
メイクをバッチリ決めて、鏡を見る。
……やば、可愛すぎ。
サキュバスになったせいだろうか?
クマやシミも一切ないし、肌ツヤが増した気がする。
思わず自分で見惚れてしまう。
ふふ……これなら、サキュバスに転生したのも悪くないんじゃないかしら?
私はルンルンでムビの家へ向かう。
道行く人が、皆私に見惚れて振り返っている。
きっと、今の私は宇宙で一番可愛いに違いない。
そんな確信を抱きながら、ムビの家に到着する。
「ほーらムビ、起きなさーい! グッモーニン♪」
元気よくドアをノックする。
あいつは寝グセが酷いからな。
あんまり酷かったら、特別に私が髪をとかしてやろうかしら?
しかし、家の中からウンともスンとも返事はなかった。
……あいつ、留守なの?
もしかして飲み歩いてるのかしら?
まぁ、S級冒険者になったわけだ。
あれだけの激闘を潜り抜けたわけだし、それくらい羽目を外しても仕方ない。
「はぁーっ。しょうがないわね。今日ぐらい許してやるか」
私は踵を返し、家路についた。
少し残念だったけど、結局その日はショッピングにオイルマッサージと、それはそれで最高の一日だった。
◆ ◆ ◆
翌日。
同じようにムビに電話するが、出ない。
メッセージにも既読が付いていない。
……どうなってんのよ?
あのスマホ中毒者が音信不通なんて、ありえないわ。
家に向かうと———衝撃の光景が広がっていた。
「ちょっと……なによ、この人の数!?」
マスコミとファンがムビの家を取り囲み、押し合いへし合いしている。
どいつもこいつも、ムビを一目見ようと待ち構えている。
……さすがにこの中を突っ切って、ノックしには行けないわね。
どうやらまだ不在みたいだし……。
ったく、あいつほんとどこ行ったのよ?
「お、おい……! あれ、リゼじゃねぇか!?」
群集が私に気付き始めた。
さすがに、ここにいては面倒なことになりそうだ。
私は取り囲まれる前に、足早にその場を去った。
その後は高級ランチにスイーツ巡りにネイルと、やっぱり最高の一日だった。
◆ ◆ ◆
翌日。
温かいベッドの上で私は目覚める。
今日もまた、自由な朝が私を迎える。
朝日を浴びながら、背伸びした。
さぁーて、今日は何をして———。
———うず。
その日は、昨日までとは何かが違っていた。




